あなたしか見えない Don't Cry Out Loud

         作詞 Carol Bayer Sager&Peter Allen 作曲 Carol Bayer Sager&Peter Allen 日本語詞 椎名恵
解説 椎名恵さんの14thアルバム『TOY BOX』の3曲目に収録されたこの曲はソングライターコンビであるキャロル・ベイヤー=セイガーとピーター・アレンがメリサ・マンチェスターの為に作ったナンバーを椎名さんが日本語詞でカバー。勿論洋楽に疎い道場主が同アルバムを聴く以前にこれらの話を知っていたはずはない(笑)。原曲の歌詞も未入手である。
 1976年に行われた東京音楽祭でリタ・クーリッジがこのナンバーを歌い、グランプリに輝き、新たな邦題として「あなたしか見えない」と名付けられた(それ以前の邦題は「悲しみは心に秘めて」)。「5年前にリタが私の「Please Don't You Cry」をカバーしてくださったことがあるんですけど、今度は私が……。それにしても名作です。このナンバーは」とは1996年7月19日リリースの同アルバムの歌詞カードに椎名さんが載せているコメントである。
 歌詞の主旨は弱さを敢えてさらけ出すこと出会いを訴え、強がりを捨てて本当の愛と強さを身につけようとしている所にある。
 注目したいのはこの歌の歌詞では本来ネガティブなものや邪道とされるものと人間のやさしさの背中合わせな点に言及している所である。例えば「おとぎ話に隠れた やさしい嘘」「涙を見せないことで こわれそうな 小さな誇り」とは本来なら好ましくないものである。
 確かに「おとき話」−「シンデレラ」も「三匹の子豚」も原作は私達が幼い日に聞いたものより残酷である−を子供達にそのまま伝えたりしないし、「小さな誇り」は心の足枷でもある。がしかし、教育上事実をそのまま伝えられないことも確かにあるし、つまらん意地も時に生きる為の重要な活力である。誤解を恐れずに例えるなら「嘘も方便」といった所だろうか?この「方便」とは元は仏教から来ている言葉で、悪しき手段も善き事に用いることができる事とその重要性を説いている言葉であるが、当然の様にこれを言い訳とする人間が多いのは悲しむべき現実である。
 長所は短所、という様に美徳と悪徳もまた背中合わせである。「過ぎた愛はどこで 間違えたのだろう」にその意が集約されている。そしてここから核心に迫るのだが、主人公が赤裸々な心に戻ることを志している所に注目したい。
 「独りを気取っていても 愛される夜を待ってる 触れ合う肌の温もりは 忘れられないものだから」「怯えた心のままじゃ 許し合える 本当の愛は見えない」とあるように強さか強がりか波頭の本人が一番わかっているのである。それゆえに主人公は「弱さを叫べばいい あなたが いなければ生きてはいけないと」との結論に達している。
 人間は弱い。長所も容易く短所となり、優しい心を持つゆえにそれが弱点にもなり、欲望や本能の前に容易くタブーを犯してしまう。そして身を守る手段をどこかではきちがえて要らざるプライドやテクニックを身につけてしまう。そしてそれは必要悪でもある。だがそれゆえに愛する人の前だけでも本音を踏まえ、強さと強がりとを誤まらないようにしたいものである。


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