Calling You

作詞 大黒摩季 作曲 大黒摩季 編曲 Yohey

解説 摩季ネェのアルバム『すっぴん』の7曲目に収録。過去を惜しむ摩季ソングは珍しくないのだが、かなり虚無感を漂わせている所が稀有な存在となる一曲である。

 背景を推測するに、冒頭の「愛などもうない すべては過去で あなたの声も 顔さえ曖昧なのにね」からして、主人公は今現在「あなた」とは別れた状態なのだろう。それもそれなりの長い時が経っていると窺える。
 そして恐らくは経過した時間の中で主人公は「あなた」から受けた、その時は嫌がったであろう辛口の言葉、一時的に甘えさせてくれた日々の両方を惜しむようになったのだろう。そうでなくては「あなたの痛い愛が恋しい」「切なく甘い嘘が欲しい」という矛盾した概念を併存して求める心境が理解出来ない。

 注目すべきは、主人公が「あなた」との日々を惜しむシチュエーションとして、「空しい夜」「乾いた日々」という言葉を挙げている点だろう。寂しい曲調や過去を惜しんだり後悔したりする摩季ソングは少なくないのだが、ここまで虚無感が漂うのは珍しい。
 電話の向こうの声に模した「あなた」の声からは主人公がアイデンティティの無さゆえに「必要とされたい」としたことを「愛」と履き違えていたことを指摘されており、指摘された主人公もまたそれが正解で、同時に自らの目的が今尚見つかってないことを答えているが、恐らく「あなた」の声は別れを告げられた時の物で、主人公の声は時間を経た今の声だろう。そこから推測するに、主人公が「calling」するのは「もう一回 教えて」の気持ちだろう。

 道場主が過去において愛した女性達に電話したいと考えた場合、その気になれば連絡先を調べたり、女性の家族に連絡したりすることは可能だが、約一名は全く連絡の術がなく、約一名は連絡を入れたら大変な事に……おっと、これ以上は道場主の怒りが怖いから止めておこう…。
 そしてこの曲の主人公が「calling」したことで「あなた」が出るかどうかは不明だが、それでも「Just calling you」=「ただ電話するだけ」でもせずにはいられないのだろう。

 その答えは何となく分かる気がする。後から振り返って実態が無かったような恋でも、その時には何かが掴めるような感覚は在ったのだろう。
 人間は誰しも一人では生きていないし、それ故に「誰のために何のために 生きてるのか わかんなくなっちゃった」と悩むことはあろう。しかし、それをはっきり分かっている人間は意外に少ないのではないだろうか?と思わせられた一曲である。

 余談だが、携帯電話という物が発達し、便利になった一方で会社や仕事や煩わしい人間関係における拘束感が増したと思う人間は世の中にごまんと居よう。そして自らの人望の無さや、業務の不調から、「携帯とはかくも繋がらないものか?」と思うことがしばしばある。
 だから折に触れて考えてみる。人間は何故に電話を発明したのか、を。勿論通信手段としてが第一目的だが、面と向かって言えないことでも、電話なら言えることもあるだろうから。
 もっとも、最近は言い辛いことをメールで済ます奴が増えたことには困ったもんだが、そんな対応で逃げられる自分自身への反省の方が先だな(苦笑)。

 尚、アルバム『すっぴん』初回限定盤付属Disc2に収録されている「セルフライナーノーツインタビュー」によると、摩季ネェはこの曲の主人公の心境及びシチュエーションを「Calling you」な時ってあるでしょ!?」と、何処か照れ隠し気味に投げ掛けていた(笑)。
 また歌詞が綴る時の流れに対して、かつては「昔を振り返ることをカッコ悪い」と思っていたのを、「思い出すのは大切」と考えるようになったことを告白し、辛そうに見える過去でも思い出すことで、乗り越えて来た得られる様を「精神的なブブカ(※セルゲイ・ブブカ。旧ソ連、現ウクライナの棒高跳び選手)と例えてもいた。
 道場主の周囲には道場主の歴史好きに辟易して、歴史嫌いを公言する人が少ないのだが、その人達が歴史嫌いを表現するのに「過去へのこだわり」を非とする旨を口にする。まあ、そこの所は人の好みの問題だから何とも言えないのだが、歴史好きとしては、摩季ネェが語っていた、「元カノ達の話をされると腹が立つ時があるが、その人達のおかげで今の愛する人がある、と思うようになっている。」との捉え方が嬉しくもあった。
 否定したい過去が、今を作ることは間違いなく存在する。ならば、否定したい今も未来への糧となり得るだろう。


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平成二四(2011)年三月六日 最終更新