イチヌケタ

作詞 大黒摩季 作曲 大黒摩季 編曲 Yohey

解説 摩季ネェが55歳を迎えたの期にリリースしたアルバム『55 BLACK』の1曲目に収録。同アルバムの初回限定盤のDVDにはプロモーション映像も収録されている。

 子供の頃、集団で行っていたことから離脱する際に発した「一(番に)抜けた」に因む「イチヌケタ」がタイトルとなっている。そしてその台詞を反映してか、どこか子供時代を思わせるノスタルジックな面を見せつつ、最も訴えたいのは現状からの脱却である。
 冒頭に「ナンニモナイ ナンニモナイ ホントニ ナンニモオコラナイ メンドクサイ メンドクサイ シゲキガナイト ヤルキデナイ」や「クチダサナイ サカラワナイ ソコマデニシテ カリナサイ キソクデス イハンデス コンプライアンス マモリマス」といった歌詞で現状に対する退屈な日々や規則だらけの世の中で事勿れ的に生きることへの虚無感に対し、「ダカラドシタ ソレガドシタ」、「ダカラナンダ ソレガナンダ」と云った歌詞で切り捨て、そんな現状に対して、タイトル通りに「イチヌケタ」として、脱却を宣言している。
 また、主人公の面している現状だが、事勿れ主義的に唯々諾々と従っていれば平和であることに注目したい。「アツクモナ イタクモナイ YES モエテ ヌレルコトモナイ アワセマショウ ユズリマショウ サァ ヒトマズ アヤマリマショウ」の歌詞はその最たるものだろう。
 特に「モエテ ヌレルコトモナイ」は、本気にならずして達成感が決して得られないことを、性的興奮が伴わない性行為のつまらなさに擬えている(のだろう……多分………女性の意見聞きたいけど、聞いたら「変態!、「助平!」と云われかねんよなぁ…………)。

 正直、ダンエモンは物事を軽く捉え、無視・排除的に云い捨てる「ダカラドシタ ソレガドシタ」、「ダカラナンダ ソレガナンダ」と云った台詞は嫌いである。というか、かかる台詞を返されて良い気分になる人などまずいないだろう。そんな決して好ま歌詞からざる台詞を含め、感情的になった言葉を片仮名で記しているのがこの曲の特徴だが、逆を云えば、それ程強い想いを込めないと、現状はなかなか脱却出来ないことを記しているのだろう。
 それ故、「ダカラドシタ ソレガドシタ」、「ダカラナンダ ソレガナンダ」の台詞は好きじゃないが、それに前後したラストの「愛を捨てて生きるのかい?」、「夢は叶えてなんぼじゃない?」、「もう いい加減アタシ 蟻地獄から イチヌケタ 生き地獄から イチヌケタ」の歌詞は好きであるし、成程、とも思わされている。特に「愛を捨てて生きるのかい?」の歌詞には「I’TS All RIGHT」を思い起こされる。

 そして見落としてはいけないのは、現状を脱却する為に主人公がエネルギーとしているのは、過去に抱いた純粋な想いということである。「ていうか21世紀にもなって、まるで19世紀みたいだわ 戦争だ紛争だ独裁者って、何のために日本が原爆落とされたのか マジでいい年した大人が何やってんだか 武器や技術やAIは進歩したのに、人の心は退化しっぱなし 我慢しっぱなしで景気良くなってないし、真平ごめんだわ あ〜やってらんないよ」の歌詞を見れば、日本人(広義的には人間そのもの)の種としての進歩の無さに辟易するし、「駄菓子屋で万引きして 原チャリ盗んでも 好奇心の初めてなら 謝れば 許されてた時代」という歌詞には不法行為でもガキのやったことであれば「やんちゃ」的に見られる傾向に眉を顰めるものを感じないでもないが、「温室で強くなれるか?」や「暑苦しい昭和が やっぱり好きだわYEA〜」の歌詞には唸らされるもの、考えさせられものがあり、過去・現在・未来を通じて見据えた上で強い想いをもって主人公が「イチヌケタ」としていることを述べてこの解説を閉めたい次第である。


摩季の間へ戻る

令和八(2026)年一〇月二日 最終更新