今そこに君がいる 今ここに僕がいる

作詞 大黒摩季 作曲 大黒摩季 編曲 Yohey

解説 摩季ネェのデビュー30周年記念ベストアルバム『SPARKLE』Disc.1「New Songs」の5番目に収録されている。

 何とも複雑で、哀しい、後悔の念に溢れた歌詞である。
 タイトルにも「今」が語られつつ、「君」「僕」が共に過ごしたのは明らかに過去である。否、「今」も一緒にいるのかも知れないが、そうだとしても所謂「同床異夢」で、以前と同じ様には心は共には在れないのだろう。

 「夢に向かい始めた 煌めくその笑顔を 応援しながらどこか 引け目に感じて」「忙しいふりをして 追いかけてくれるかを 試して外して 気軽に触れられなくなった」「強くなった 君はもう 僕なしで 生きられる」と云った歌詞から、恐らく変わったのは「君」の方で、何がしかの夢に向かって成長し続けているのだろう。
 それに対して「僕」は距離が開くのを感じ、「日曜の夕暮れ 風に吹かれて わざとゆっくり歩いた River side」「雪の結晶きらめき 桜の花びら揺れ 蝉の鳴き声踊り 暖色のRedカーペット カラフルな4 Seasons ふたり過ごした日々」といった気軽な触れ合いが出来なくなったと見える。

 「僕」はただ「君」が近くにいて、ささやかな日常を共に出来ることを「それだけでよかったのに」と悔いている。過去から変わってしまった「今」に対して、誰が悪いも、何が良くないのも無いのだろうけれど、「強くなった 君はもう 僕なしで 生きられる」「変われない 僕はきっと 君の幻 愛し続ける」といった歌詞から、「君」を想って、「僕」からの脱却を(不本意ながら)促しているとも取れる。

 本当はずっと一緒にいて欲しいのに、相手の事を想えば自分と一緒にいることを良しと出来ない愛は確かにこの世に存在するだろう。変わった相手がいけなかったのか?変わらない自分がいけなかったのか?いずれにせよ事の善悪の問題ではないから厄介である。
 身も蓋もない云い方をすれば、どちらかが変わった瞬間が終わりの始まりで、変わってしまった相手を追いかけて自分も変われば済む話ではなく、歌詞として「あなたがいればそれだけでよかった」を彷彿とさせる一曲である。
 悪意的な解釈をすれば、変わってしまった相手を想い、応援しつつも、以前の様には一緒にいられない現状に悔やみごとを繰り返している歌詞、ということになる。
 勿論そんな愚痴たらたらの曲とは思わない。実際にこの曲の歌詞の様に、片方が成長を遂げたり、夢を追ったりすることとで別れてしまうカップルは世の中にごまんと存在する訳で、そんな切なさを歌ったものと思われるが、一方でダンエモン的に注目したい歌詞がある。それは「Feeling… 感じ合う ゆっくりと 柔らかに Falling… Love その時が 必要だよね」である。

 「僕」にとって、諦めきれないのは「君」本人であると同時に、「君」を愛し始めたときに抱いた想いも対象なのだろう。「君の幻」とある様に、「僕」が愛し始めたときの「君」はもはや存在しない、「幻」に等しい存在なのだろう。だが、「幻」に過ぎなくても決して手放したくない想いでもあるのだろう。
 同時に「僕」「僕」のままで「君」を想い続けたいのだろう。そしてその想いが強過ぎる故に、「今そこに君がいる 今ここに僕がいる」という未練丸出しのタイトルに繋がっているのだろう。
 些か消極的な書き方をすれば、過去に執着する様は、「君」に対し、「万一夢が叶わなかったときには、元の「君」に戻って、「僕」の元へ帰ってきて欲しい。」と思っているとも取れる。深読みも良い所かもしれないが(苦笑)。


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令和八(2026)年七月一七日 最終更新