借りたままの八月

         作詞 椎名恵 作曲 佐藤健 編曲 戸塚修
解説 椎名恵さんのセカンド・アルバム『Le Port』の2番目に収録されている。背景が少し見えにくいが、どうも別れを決意した曲の様である。
 歌の時勢は「十月」で、当然タイトルにもある「八月」は過去のことで、実質恋はこの時点で終わっていたのだろう。だが「八月」の時点で交わされた何がしかの約束が「十月」にあった様である。
 勿論主人公は「十月の湾岸線」を一人で車を走らせている。車にまだ残る「ダッシュボードの隅 マルボロの空箱」に気付いて「思わずアクセル踏み込む」という動きが未練に苦しみながら何とかそれを断ち切ろうとしている様を見事に表している。
 「八月」から「十月」に至るまで、「あの夏 続いた あなたの言い訳 ほんとに完璧だった…」「きっとあのまま 知らん顔して 待てば戻ってきたけど」とあるように主人公は約三ヶ月、信じて待っていて、裏切られ、「そして今日から 誰にも逢わず ひとり」と思いつつどこか未練を引き摺っている。
 全く未練が無いのなら「私に誰か強く言って」という歌詞の存在意義はない筈である。そしてそれに悔しさが伴う故に主人公は「借りたままの八月は 返すだけ」としている。
 それでも約束の海に来ている主人公が律儀といおうか、意地っ張りと言おうか、信念の人と言おうか……。道場主は金銭の貸し借りは嫌い(にもかかわらず借金で東京での暮らしを失った)だが、恋愛上の貸し借りはもっと御免を蒙りたい。
 道場主と顔見知りの俳優(←椎名さんと同じ北海道の出身)はかつて道場主の前で、「女に振られた際に、その女性に使った金額を惜しむ男はみっともない。」と言っていたことがある。至言だと思う。
 道場主はかつて何度も晩飯をおごった惚れた女性から「いつもおごって貰ってばかりで悪いわ。」と言われた時に、「気にすんな。お前と過ごす時間があれしきの金(軽食二人前)で得られるなら安いもんだ。第一、俺とお前の間で「貸し借り」などと考えたくは無い。」といった事がある。
 貸し借りで計る恋愛は寂しいと言わざるを得ない。


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