消えない夏

         作詞 椎名恵 作曲 羽場仁志 編曲 大友博輝
解説 椎名恵さんの11thアルバム『Lovers』のトリである10曲目に収録。一言で言って惜別の曲である。
 背景を見ると、失った恋に対する強い執着が物語る様に振られたのは主人公の方であり、それも「辛すぎると、その一言」で片付けられてしまった感があり、その呆気なさも主人公の苦しみに拍車をかけ、主人公は思い出の中に囚われてしまっている。
 ここまで執着心を露わにした椎名ソングも珍しい。それは別れた瞬間に見せたであろう執着を示す歌詞、「どんな事してでも 別れたくなかった ドアが閉まる瞬間まで」にも、何とか夢の再来を願う歌詞である「夢でさえ抱かれたい あなたにもう一度逢えるなら」にも、遠大に抱いていた夢を語る歌詞である「愛に果てがあれば あなたと見たかった どんな傷み受け止めても」にも顕著過ぎるぐらいに表れている。
 次に注目したいのは「あなた」を惜しむ気持ちが「その胸を、その腕を」「その髪も、その指も」「その肌を、その声を」「その瞳、その吐息」とかなり艶かしく表現している(これ以上深く書くとイヤらしい歌になりかねないぐらいだ)。ここまでの執着を断ち切るには、なるほど、主人公が歌っている様に「憎む勇気」が必要なのかもしれない。
 だが、同じ「今私に足りないもの」なら「温もりと安らぎ」の方を求めたいのは誰でも同じだろう。だがそれが難しい、というより不可能なのは誰より主人公が自覚している。それゆえにラストが「幻が消えなくて 私の心はあの夏に 彷徨っている」のだろう。
 「消えない夏」とは「消せない夏」に他ならない。それも「消すわけにはいかない夏」ではなく、「消えてくれない夏」なのである。仏教は人間が執着があるゆえに四苦八苦に苦しむ、ゆえに執着を捨てるべし、と教えているが、この教えはこの歌の主人公にこそ伝わって欲しい気がする。
 「あなた」への想いが余りに強いゆえに美しく、同時に余りに強いゆえに哀れでもある。


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