君が代

作詞 読み人知らず 作曲 林廣守 編曲 奥好義

解説 摩季ネェのデビュー30周年記念ベストアルバム『SPARKLE』Disc.1「New Songs」のボーナストラックとして14番目に収録されている。


 所謂、国歌である。それ故か、『SPARKLE』Disc.1「New Songs」には歌詞が縦書きで記されている。
 まあ、読んで字の如く「国の歌」で、『古今和歌集』に収録された読み人知らずの和歌に、明治13(1880)年に曲が加えられて国歌となったものである。

 爾来140年以上国歌として国家儀式、国内スポーツ大会の開会式、国際スポーツ大会の表彰式、学校の入学式・卒業式等で歌われて来たので、摩季ネェの野球大会などで国歌吹奏を担ったことが複数回ある。
 100年以上歌われてきた歌をわざわざダンエモン如きが講釈を垂れるのも何なので、歌詞解説の役割として、「君」=君主、つまりは天皇陛下の長寿を祝うもので、「千代」、「八千代」、「苔のむすまで」といった長い時間、それも気の遠くなるほどの時間を雅語的を表現した歌詞が重ねられている、とだけ述べておこう。

 私見を少しだけ書き加えると、国家権力というものを好まない方々からは公式行事の場で斉唱する事を拒む者も散見されるが、正直、「目くじら立て過ぎじゃないか?」と思っている。国際試合に出場する選手のユニフォーム、道着、コスチューム等に日の丸が取り付けられるように、国が絡んだ際に国の歌を斉唱するのは普通のことで、頑なに歌うまいとするのは国家に対する意固地な反発心にしか見えない。
 かと云って、「日本人なら歌え!」、「日本人なら国歌・国旗に敬意を払え!」と強要されるのも何か違う気がする。生まれた国に対する愛着は自然に存在するもので、誰かに押し付けられるものだとは思わないし、国家が持つ権利や在り様が気に入らないなら気に入らないのは自由だが、その気に入らない点に反論すれば良いだけで、国家の象徴に対して長寿を祝う内容の歌に敵意を抱いても右と左で醜い争いを展開するだけにしかならないと思う。

 個人的には国際的な大会で日本が優勝した際に歌いたいものである。


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令和八(2026)年九月一三日 最終更新