霧の森

         作詞 椎名恵 作曲 ブラームス
  解説 クラシックをカバーした椎名恵さんのアルバム『toy box〜Classical〜』のトリである10曲目に収録。元曲はブラームスの「交響曲第3番第3楽章」で、「神様、あるいは魔法使い」に続くブラームスのカバー登場である。
 同アルバムの歌詞カードによると、椎名さんは「ブラームスの「交響曲第3番第3楽章」を切ないバラードにしてみました。ささやくように歌うウィスパーヴォイスが、切ないこの曲のメロディにピッタリです。」とコメントしている。
 確かに寂しさが全体に漂う曲調に、囁くような歌い方も相俟って、かなり切ない調べと歌詞である。というか収録曲全体の中でも目立たない。
 歌詞内容は恋をなくした主人公(どちらがどちらを捨てたか?生き別れなのか死に別れなのかは不明)が寂しさに閉ざされ、賑やかな筈の高いで孤独にさまよう自分自身の境遇を「霧の森」と例えて、還らぬ愛への惜別を囁き続けるものである。
 トリを飾るのに些か寂しいこの曲の注目したい歌詞は「もう一度あなたに 包まれたい」である。かなり未練がましく、帰らぬ繰り言が連呼される歌詞と起伏の少ない曲調にあって、ほんの一時の強い曲調とともに一番に求める事が言い切られるこの歌詞の重みはかなり大きい。が、一度聴いただけでは曲の流れの中で気付き難いのもまた事実である。
 一つ見落としてはならないのは、主人公がかなり未練を見せつつも、決して未来に希望を抱いていないと言うわけではない、という事である。それを示す歌詞はラストの「今日もあなたのような 暖かくそそぐ愛を 私は探しているの」であろう。中間部の「あなたの腕は私が帰る ひとつの場所だった」の歌詞と矛盾する様でいて矛盾していない。
 現時点での主人公は「あなた」に代わる「あなたのような」誰かに回り逢っていない。この世に同じ人間は二人といないことは子供でもわかる事で、主人公もそれはいたいほど理解している。恐らく「あなた」を失った悲しみは永遠に「霧の森」をさまよい続けるのだろう。
 だが、それを理解して尚、「あなた」と幾分なりとも同じ「暖かくそそぐ愛」を得る事を夢見て、そして決して逢う事のない過去を敢えて追う事でなくした恋を心の何処かに留め様として主人公が「私は探しているの」だとすれば、主人公の心は決していつまでも「霧の森」に閉ざされてはいないだろう。


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