LIFE〜episode �機礎太検�
作詞 大黒摩季 作曲 大黒摩季 編曲 AKIRA NISHIHIRA
解説 大黒摩季さんのアルバム『HAPPINESS』の4曲目に収録された大黒摩季自叙伝とも言える曲である。タイトルが「LIFE〜episode �機礎太検繊�とある様に、背景が摩季さんが生まれた時代と幼き日々になっていて、いつの日か「episode �供�も綴られる事と思う。
道場主は1973年の生まれで摩季さんの4つ年下(学年では3年下)なのだが、「アポロが月に降りたった年」や「三島由紀夫が天を仰ぎ倒れた秋の日」と言った描写に1960年代が「平和な時代」である「70's」に比して摩季さんが表現したように「激動の時代」だった事が改めて思い知らされる。
勿論「70's」にも「ベトナムでは悲しみのクリスマス」 (=ベトナム戦争)に「家具調TVの中揺れる 大きな鉄球と山荘 平和な国で生まれて始めて銃声を聞いた」 (=連合赤軍あさま山荘事件)とあり、決して平和ばかりとは言えない。
ただはっきり言えるのは摩季さんに比べて道場主は自らの幼き日に世の大きな出来事を殆ど気にしていなかったと言うことである(苦笑)。
話が逸れるが、実際に経験した阪神大震災と身内が犠牲になった日航ジャンボ事件を別にすれば道場主が最も戦慄した戦後の事件は連合赤軍あさま山荘事件で、生まれる前に起きた事件であり、ドキュメント番組で見た知識でしかないながらも事件直前に逮捕された女リーダーの思想の前に正気を失った目と、リンチによる惨殺体の痕跡を示す白線が何体分も並ぶ異常な光景に戦慄した時の事を今でも忘れられない。それだけに微妙に婉曲された「家具調TVの中揺れる 大きな鉄球と山荘」という歌詞にこの事件がその当時如何に世の重大関心事であり、時代を巡る思想のぶつかり合いの生んだ狂気と犠牲に涙を禁じ得ない。
話を戻すが、世の大きな動きの一方で幼き日の摩季さんは「言葉も発育も遅くて心配されてた」、「未完成なちっちゃい体」、「大人の腕を渡り歩き 子供の輪に入れない」とあるように天賦や周囲との交流において決して順風満帆な人生を送っていたわけじゃない中で、「どんなに怖くても 好奇心の向くままに 触れては確かめ」る強さと「傷ついた子猫を抱きかかえて離さない 痛たいほど純粋」な優しさといった人間に大切なものを如何にも摩季さんらしく幼き日から兼ね備えていた事に得も言えぬ嬉しさと感慨深さを感じさせてくれる。
歴史好きのせいか時代背景描写の解説に熱が入りすぎてしまったが(苦笑)、やはり心に響くのは「LIFE 何やってるんだろう」の歌詞である。世の中や多様な価値観を知らないが為に純に生きられて来た頃の自分=「あの日の私」が今の自分自身を見たらそう叫びたくなる、と身につまされる人は多いのではないだろうか?勿論ダンエモンもその一人である。
自分で自分に「あの日の私どこにいっちゃったんだろう」と問い掛ける様に、20年前の道場主が今の道場主を見たら怒り狂って怒鳴りつけるであろう愚行の数は片手の指の数では足りない(恥)。
だが、大切なのはそれに続く「叶わぬものを知る為 つっ走っていたわけじゃないはずよ ただ立ち止まらぬように生きてきたけれど らしくなきゃ 意味がない」、「愛の儚さを知る為 抱き留めた わけじゃないはずだよ ただ愛されるように生きてみたけれど らしくなきゃ 意味がない」、「限りあるものを愛しむ為 生まれたわけじゃないはずだよ ただ灯るように見える命でも いつか 使わなきゃ 意味がない」という歌詞の様に恥じる為ではなく、振り返り、活かさんとの意で、意志があればこそ自分自身に「何やってるんだろう」と呼びかけるのだろう。
前向きな意を持たぬ虚無な心には怒りも嘆きも焦りもなく、それは平和でも寂しい事極まりない心である。ダンエモンは仏教徒なので、この世の森羅万象は原因があって結果があると見ている(道場主「仏教で言う所の「縁起説」です」。「意味がない」のは嫌だが、「意味」を掴みたいからこそ「意味がない」と怒り叫び、己を叱咤する事を忘れたくはない。
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