LOVE IS ALL〜愛を聴かせて〜

日本語詞 麻生圭子 作詞 Ken Hirsh/Ron Miller 作曲 Ken Hirsh/Ron Miller 編曲 戸塚修


解説 椎名恵さんのサードシングル曲であり、アルバムではセカンド・アルバム『Le Port』の一番手と10thアルバム『蒼の時刻』の5曲目に収録されていて、その後のベスト版等の定番である事は云うまでもない。
 デビュー当初の例に漏れず、これも洋楽のアレンジでシャーリーン=デ=アンジェロのヒット曲「愛はかげろうのように(I've Never Been To Me)」が原曲である。CMやBGMに多用され聴いたことのない人はまずいないと思われる。シャーリーン自身にとっても愛着の強い曲である。

 道場主とこの曲の出会いはこの曲が主題化に使用されたドラマ『おんな・風林火山』を観たときの事で、当時から椎名さんにそこそこの好意を抱いていて、尚且つ歴史好きの道場主はくびったけとなり、当時道場主の家にビデオがなかったため、このドラマが終了するまでNHKの『独眼龍政宗』の視聴が遅れた(笑)。
 今尚この曲は代表的椎名ソングであり、平成11(1999)年12月25日のモーダポリティカでのライブでこの曲をサービスアンコールを含め二度聴けたことの感動はここに書き切れないほどである。

 骨肉の争いを余儀なくされた武田家五姉妹の悲劇を映像と供に流れる歌詞は何よりも「愛」が大切であることが直接的にも間接的にも何度も出てくる。そこには世知辛い世間の現実の中でようやくにして出会えた愛の尊さが冒頭の「幼い頃に描いてた そしていつしか忘れた夢のつづきが あなたに逢って今あざやかに この胸に満ちていく Ah 目覚めてく」からして見事である。
 また続く「女なら何よりも 愛を選ぶわ」の決めつけてまでいる歌詞はその後に続く数々の歌詞とも相俟って、「愛」が人間にとっての希望であり、エネルギー源であり、心の拠り所であり、生き甲斐であり、人間を優しくも強くもしてくれるものであることを雄弁に物語っている。

 一つの思い出を語りたい。道場主が中学生の時にこの歌の「Love is all 誰だって弱いから 愛されたいわ いつだって 温もりが欲しくなる」の歌詞をTV上で聴いたとき、画面では幼子が磔にされ一人の女性がそれに取りすがって泣き崩れるシーンが流されていた。恐らくは武田勝頼の妹・真利姫が夫・木曾義昌の武田への離反に抗議して実家へ連れ帰った二人の子供、お静と千太郎が後に義昌への見せしめに磔に架けられたのを描いたものと思われる(真利姫はこのショックで山奥に篭り、98歳の長寿の果てに没するまで隠者の如き余生を送ったことを道場主はこのドラマから学んだ)。
 道場主はインパクトある画面と寂しい思いに囚われることの多かった当時の心情からすっかりこの歌詞に魅せられていたが、TV放送ではその後の「だけど あなた以外の人は 愛せないから 強くなれる」の歌詞が省略されていた。約六年後にその省略された歌詞の存在を知った道場主はその意味するところを噛み締めた。
 「弱い」ゆえに人は温もりを求めるが、「あなた以外の人が愛せない」ゆえにその愛をつかむまでは、その愛を得れない場では、そしてその愛に恥じない為に「強く」あらねばならない、否、「あなた」への「愛」を重んじるなら自然と「強くなれる」筈である……。そう夢想して道場主は椎名ソングに耳を傾けようともしなかった数年を激しく惜しんだものである。人間の弱さを鋭く指摘すると供に何故に強くあらねばならないかをこれほど的確に云い当てた歌詞を他に求めるのはチョット困難である。そこには権力・財力・暴力のいずれも関連しない人間が人間であるための強さが語られている。それゆえに「LOVE IS ALL」なのである。

 「遠くても 大切なものが見えるから 生きていける」「嘆くことより何ができるか」「愛だけは越えられる すべてのものを 真実の愛ならば 眠らない」等の偉大にして含蓄ある歌詞を噛み締め、「今日もまた 確かめて」 から「瞳を閉じ」て眠りに就きたいものである。


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令和五(2023)年九月二一日 最終更新