大黒摩季デビュー15周年記念パーティー
正式タイトル MAKI OHGURO 15th Anniversary Special Party
日時 2007年5月27日(日)17:00開演 場所 東京都千代田区丸の内 COTTON CLUB(東京ビルTOKIA2F) 背景 1992年5月27日にデビューした大黒摩季さんのデビュー15周年を祝うパーティー。1stと2ndの2部に分かれて行われた。
人数もかなり限定され、当日はドレスコードがあり、ダンエモンは妹の結婚式以来の礼服で参加したが、単にスーツで良かった様である(苦笑)。内容(普段以上に曲名に自信がないことをご了承下さい) 1.プップッピドゥ(?) 簡易感想 のっけから曲名に自信が持てないレポで全く恥ずかしい限りだが摩季さんはこの曲に対してデビュー前段階、つまりアーティストになる為に上京した日の事を語っていた。
この曲はアメリカの超有名女優、マリリン・モンローと関連のある曲だそうで、摩季さんは1992年5月27日のデビューから遡ること約4年前の1988年6月1日に上京していて、この6月1日とは前述のマリリン・モンローの誕生日と同じであることが摩季さんの口から語られていた(勿論摩季さんはそれを知っていて、この日を上京する日に選んだのだ)。2.STAY 簡易感想 ファーストアルバム『STOP MOTION』のトリに収録されているこの曲が世に出た時、摩季さんは「デビューより嬉しかった。」と語っていた。
今回のパーティーでは真のデビュー曲であり、正に15年前のこの日にリリースされた「STOP MOTION」が今回のレパートリーにする意も摩季さんの中にあったそうだが、「STOP MOTION」は先のツアーでトップに歌いまくったので(笑)、摩季さんにとって「デビューのデビュー」とも言えるこの曲が選ばれたとのことだった。
歌詞におけるシチュエーションとは全く異なるのだが、「初めてじゃない なのにナゼ 震えが止まらない」と同じ心境にダンエモンは捕われた。何度も摩季ライブに参加しながら、今までと全く異なる形式のライブと摩季さんとの近い距離感の前に、「初めてじゃない なのにナゼ」に心を鷲掴みにされたと言ってよかった。
直後の「like a Virgin now」の歌詞を歌い上げた摩季さんが観客に両手を向けた時は咄嗟に「フー!!」と続けることができず、戸惑ってしまったが(苦笑)、ファーストアルバムのラストナンバーこそは摩季さんの始源がその後のキャリアに続く窓口となった存在であるという意味においても、見事な選曲だったと改めて思う。3.ふたり 簡易感想 正直、「ROCKs」や「LOVIN' YOU」でさえ近年は聴けなくなった−それぐらい選曲が限られるほどレパートリーが広がった−状態の摩季ライブでこの曲を聴けたのは驚きであり、感動でもあった。
愛しい人の飛躍を願って、敢えて辛い別れに際しても快く見送ろうとする意志に溢れた「思い通り 生きてほしい そんなあなた見つめたい Doorを開けて出て行く背中 そっと見送るわ」の歌詞はかつてのダンエモンをして「こんな風に見送られながら毎日出勤出来れば理想の夫婦関係だな。」と思わしめたが、15周年という時の流れにこれまでの自分とこれからの自分を見つめていた摩季さんの視点に立てば、「そんなあなた」とはこれからの摩季さんであり、「そっと見送る」のがこれまでの摩季さんであることを考えれば、「ふたり」という歌詞とタイトルがこれほどの重みを持ったことはないのではないだろうか?
勿論ダンエモンが摩季さんになることは出来ないが、常に心に摩季さんを据えて、そんな摩季さんに熱い視線で持って見送り続けたいとの気持ちを新たにしたのだった。4.Happy Birtday 簡易感想 言わずと知れた誕生日を祝う曲。くどいが、今回のライブは大黒摩季さんのデビュー15周年を祝うもので、「大黒摩紀」が「大黒摩季」となったことを祝って歌われ出したが、「誕生日」に対する摩季さんの想いの発露はこの段階でまだ始まったばかりだった。 5.メドレー〜DA・KA・RA〜チョット〜 簡易感想 「DA・KA・RA」と「チョット」がメドレーとして歌われたのは先の15周年前倒しライブでも行われたことだが、両曲の間には洋楽の曲が一曲挟まれていたのだが、何なのか丸で分からず、こう言う時は自分の聴覚の悪さと洋楽に対する疎さが情けなくなる(激痛)。
「DA・KA・RA」と「チョット」は供にミリオンヒットを達成した、時代を経ても色褪せない代表的摩季ソングだが、前者の方が摩季さんにとって想い入れ深い事はエッセイ集『ありがとうなんて絶対言わない』にも詳らかなのだが、今回のライブでは「DA・KA・RA」がCMに採用された経緯(スポンサー=CMを出した会社の社長の目に触れたタイミングの良さと鶴の一声が得れた事が語られた)が語られ、更にこの曲が「Earth In A Fire」(とダンエモンには聞こえた)という曲が元ネタになっている事も披露された。
語感から、ダンエモンは「もしかして、スティービー・ワンダーがコーヒーのCMで歌っていた曲か?」と思いかけたが、そっちの方が後から出来た曲のなのでこの思いつきはチョット考えただけで大ハズレである事が分かる(ちなみにワンダーが作ったのは「To Feel the Fire」という)。返す返すも聴覚の悪さと洋楽への疎さが情けない。卑しくも解説者を自認する以上、もっと楽曲知識を身につけなくてはと思わされた一瞬だった。6.DA・DA・DA 簡易感想 このライブではライブにおいて初めて聴いたという曲が多く、この「DA・DA・DA」もその1つだが、同時にそれは通常のライブでは聴けないであろうとの寂しさもどこかで伴なった。この曲を知ってから約10年になるが、初めて聴いた時は歌詞の意味がよく分からず、歌詞に彫れる身としては曲の魅力が充分に堪能できず、些か損をしている気がしていたが、今なら幻想的な雰囲気の中で「君」との様々な接触に意気込みを込めている様がじわじわとではあるが伝わってきた。
だが、過去に聴いた時とはイメージの違いを実感させた最大の歌詞は「フレンチキス」である。当時はこの語を「フランス流の口付け」と解釈し、「芸術性にこだわるフランス人らしい優雅なキス」と勝手に思い込んでいたのだが、後に実際にフレンチキスを交わした相手に「これがフレンチキスよ。」と言われて、腰を抜かさんばかりにびっくりした馬鹿な記憶がある(苦笑)。
摩季さんの口から「フレンチキス」という言葉を聞き、妙な興奮を覚えたあの時の私は丸っきり怪しいおっさんだった(苦笑)。この2つ後の歌ではもっと危ない歌詞を頻繁に聴いているのにである(苦笑)。7.? 簡易感想 誠に申し訳ないが、現時点で曲名が判然としていない。判別次第書き込みます。 8.別れましょう私から消えましょうあなたから 簡易感想 COTTON CLUBという、普段摩季ライブが行われるような大会場とは全く異なる場で開催されたこのライブ(というよりパーティー)では派手なリズムな曲より、静かでも荘厳な深みある曲が多くセレクトされ、長くファンをやってきた人々や、大人っぽい雰囲気の曲が多かったのが特徴だが、そんな中にあってもこの曲はどんな場にもマッチングするから不思議だ。
考えてみりゃ2年前のツアーではバラード調でこの曲が歌われ、バラードアルバム『weep』にもバラード・ヴァージョンが収録されていたことからも聴いた感じのイメージよりよっぽど多様性のある曲であることが分かる。同時にそれはこの曲に対する摩季さん自身の思い入れの深さを示すものでもあると言える。
摩季さんは今回のパーティーでの選曲が自らの15周年に対する思い入れに準拠していることを明言しており、観客に自らの選曲がファンにとってつまらないものとなっていないかを懸念されていたが、そんな摩季さんにダンエモンは「めっちゃ楽しい!!」と叫び返し、摩季さんは「本当!?」と聞き返してくれた!ここに8年の時をかけて、ダンエモンは岡本真夜さん、椎名恵さんに続いて大黒摩季さんとも会話を成立させる事に成功したのだった!9.Stay with me baby 簡易感想 ここでビッグゲストが紹介された。この曲のレコーディング時にコーラスに加わって下さった、摩季さんの先輩と言うべきヨシカワ・トウコサンとササキ・クミさんという二人の女性が摩季さんのデビュー15周年を祝うとともに今回のコーラスを担って頂いたのだ!
「あなただけは違うから」、「私だけは違うハズよね」、「何でも聞いてくれるから」、「何でも言っていいわけじゃない」の歌詞に続く両名のコーラスは間近で聴けたのは圧巻、の一言だった。
摩季さんはライブの壇上で友人・知人・仲間・スタッフとハグを交わすことが珍しくないが、今回ほどそのハグが美しく見えた事はなかった。いつもなら嫉妬するのだが(苦笑)。それもこれも如何に15年を経て摩季さんが周囲の人々と重い歴史を刻んできたかに依存し、同時にその重みが端的に示されていたと言えよう。
15年よりは少し短いが、摩季さんはこの曲の比較対称に、この曲の10年後に発表した「Lonely Child」について触れていた。「Stay with me baby」では「あなたなしじゃ生きてゆけない」という歌詞が出て来るのだが、「Lonely Child」では「あなたなしでも生きてゆける自分が悲しい」と歌われることを比較して、10年の時が返るものを苦笑混じりに語っていたが、ダンエモンは逆に10年の重ねてきた歳月と経験があるからこそ正反対の意の歌詞も歌いこなせると思うし、摩季さんの心底にある想いの強さは変わらないと思っているので、実に気分よくその話を聞いていた。10.あなたがいればそれだけでよかった 簡易感想 10曲目で摩季さんは観客に二者択一のリクエストを募った。アルバム『LA・LA・LA』収録曲の内、「あなたがいればそれだけでよかった」と「いちばん近くにいてね」のどちらを希望するかを問うたのだが、観客はほぼ満場一致で前者を選択した。
摩季さんは「思い通りにならないもんだねぇ。」と苦笑いしながら周囲のバンドメンバーに声をかけていたが、「いちばん近くにいてね」がライブの度にほぼ毎回歌われていることを考えると「あなたがいればそれだけでよかった」が歌われるのは貴重で、COTTON CLUBの雰囲気にもこちらの方がより相応しかったのは衆目の一致するところだろう。
今回のライブではどうしても15年と言う歳月がネックになるのだが、それをより色濃く感じたのは「あてもないまま さまよう街は広すぎて なぜか ふたり行った場所にたどり着く」とう歌詞だった。
実はダンエモンにとって東京で摩季ライブに参加するのは5年4ヶ月ぶりで関東で過ごした約8年間、その内摩季ファンである期間に限っても7年の歳月にあって東京で摩季ライブに参加したのは2回しかなく、今回がまだ3回目、と極端に少ない。それでも一度ライブに参加した東京国際フォーラムのすぐ近くで行われたことは懐かしくて嬉しく、夜行バスを使ってのとんぼ返り度にあって、上京から整理券取りまでの僅かな時間を自然と足を向けて過ごしたのは最初の職場での馴染みの飯屋で、改めて時を経ても色褪せない思いというものを思い知った。11.風になれ 簡易感想 先の「あなたがいればそれだけでよかった」がアルバム『LA・LA・LA』収録曲からの二者択一出あったのと同様に、今度はアルバム『POWER OF DREAMS』収録曲の中から、この曲と「あぁ」のいずれを選ぶかが観客に問われ、これまたほぼ満場一致に近い状態で、この「風になれ」が選ばれ、これまた摩季さんに思い通りにならない展開を苦笑させた。
勿論『POWER OF DREAMS』収録曲の中でこの曲が最も好きなダンエモンはこの曲の名を口にしたが、ライブで歌われる頻度からもこっちが選ばれたのも無理はない気もする。
この曲を初めて(勿論アルバムで)聴いた時の、「あなたに伝えたいことたくさんたくさんあるのに 言葉や常識に邪魔をされて 上手く言えないから」の歌詞を聴いた時の、心臓を鷲掴みにされた状態で「言葉や常識」を使い間違えたり、躍らされている自分自身への猛省を揺さぶりながら促されたような錯覚に陥った瞬間は昨日の事のように覚えている。 そんな記憶を呼び覚ましながらふと横を見ると臨席の女性が涙ぐんでいた。道場主はかつて甲子園や花園で同級生の勝敗に涙する女学生達の気持ちを理解できない男だったが、特別深い情(友情・愛情・敬愛など)を抱く相手の一挙手一投足と自らの心が一体化し、心揺さぶられる気持ちをこの日初めて真の意味で実感した気がする。実際に涙は流さなかったが、ダンエモンの涙腺にかなりこみ上げてきていたのは事実だった。12.虹ヲコエテ 簡易感想 少し話が遡るが、「風になれ」と「あぁ」のどちらを選ぶか?という摩季さんの問い掛けに「両方!」と答える声も少なくなかったのだが(笑)、その為に一曲減らさなければならないという摩季さんの台詞に僅かにブーイングを交えながら「風になれ」が歌われ、この時になって「あぁ」を歌えば「虹ヲコエテ」を削るところだったのが明らかにされ、この曲が削られなかった事に多くのファンが安堵の溜め息を漏らした。この「虹ヲコエテ」が2000年1月から1年半(注:公称は「一年の充電」で、ファンの前に摩季さんが姿を現さなかった時間を数えてダンエモンが勝手に「1年半」としている)の充電期間を経て出た復帰第1号曲以上の存在感を持っている事が窺い知れた。
摩季さんの言によると、15年の活動にあってこの曲の発表、引いては充電を終えての活動再開からスタッフは変わっていないとの事である。つまり摩季さんの活動の後半部を彼等は供にしてきたわけで、この日より今後メンバーの入れ替わり立ち代りが行われるまでの間、彼等が摩季さんの活動の過半分を超える割合を増し続けることになる。
個人的なことだが、この曲の最も好きな部分で、ライブの度に楽しみしている歌詞でもある「ガンバッテ生きてるのは何故?それさえも わからなくなってしまいそうな世の中で 明日は待っている あなたのためにも 自分らしく 誇らしく いたいね」の部分で、「あなたのためにも」と歌う瞬間の摩季さんと眼があったのだ!!錯覚なんかじゃない!!普段なら期待が増大した妄想である可能性が高いのだが(苦笑)、今回だけはどんな超高性能の嘘発見器にかけられても「間違いなく眼が合った!」と言い切る自信がある。間違いなく一生残る思い出になるだろう(携帯サイトで「ダンエモン様」と呼ばれた時には及ばないが)。13.LIFE〜episode�機礎太検� 簡易感想 大黒摩季自叙伝とも言えるこの曲が15周年を祝う場で歌われることは予想してなかったわけではないのだが、充電前の曲が多く歌われたため、途中からは充電後の歌は歌われないのでは?とさえ思い始めていたので、歌われたことは嬉しかった。
摩季さんの言によると、この曲は摩季さんの父上・正芳氏に先立たれて意気消沈する細君、つまりは摩季さんの母上のために作られた曲であり、成る程、「素晴らしき世界 追い求め 保育園へ私預けるママの目はforever」という歌詞は幼き日の摩季さんが、家族の為に奮闘する御両親を感謝の目で見ていた事が覗え、「痛いほど純粋で本当に優しい子と ママは言ってた」の歌詞にも子供心に母親から掛けられた言葉にどれほど真摯に向き合って成長してきたかが覗われた気がした。
言葉や待遇さえ幼子にこんなに影響と人生観を与えるのである。自らが成長してきた日々と、アーティストとしての15年間を並立させてファンと家族と仲間に感謝する姿勢を滲ませつつ熱唱する摩季さんを見て、幼児虐待する世の全ての馬鹿親どもを激しく抗議したくなった。14.Happy Birthday To Me 簡易感想 真にこの日のために生まれ、この日のために歌われた曲である。
通常、愛しき相手に向けられる「Happy Birthday」という歌詞を、「To Me」と「Today」に向けたこの曲は、デビュー15周年を向かえた自分を自分で祝いつつ、自らのアーティストとしてのこれまでの人生を振り返る歌詞が弾き語りで歌われた。
歴代摩季ソングにあって最長の歌詞を、真にこの日この時この場所このパーティーで聴けた感動はこの時にしかないもので、パーティー後に参加者全員に同曲のサイン入りマキシシングルがプレゼントされることが摩季さんの口から知らされた時の喜びは会場内を包むうねりとして体感された。15.ら・ら・ら 簡易感想 如何なる摩季ライブにも欠かせないこの曲は当然の様にライブのラストを飾る曲として今回も歌われた(厳密にはアンコールが1曲だけ控えていたのだが)わけだが、摩季さんが「ラストの曲です。」と言った瞬間、場内に「えぇ〜!!」という驚愕の声が響いた。既に15曲目で、いつラストになってもおかしくない曲数だったのだが、それだけ参加者にとって間近に摩季さんを感じながら数々の摩季ソングに聞き惚れていられる時間が何物にも代え難い時間だったのだろう。
摩季さんが歌番組に出演する時は司会者達が「ら・ら・ら・ら・ら〜」に参加するように、「Stay with me baby」に参加されたヨシカワ・トウコさんとササキ・クミさんも再度参加された。やはり目出度いことは少しでも多くの人間と祝うのが本道である(笑)。
恒例の「年月が経つのはナゼこんなに早いのだろう あっという間にもうこんな年齢だし、親も年だし、あなたしかいないし」のアレンジだが、大抵のライブで、「あなたしかいないし」が「皆しかいないしねぇ〜」と置き換えられるのが、今回は「皆も年だしねぇ〜」と吃驚仰天の台詞に置き換えられていた(笑)。
今回のパーティの開催を決定する会員向ダイレクトメールには「会場のキャパシティ上M'DRIVE会員様におきましても限られた人数でのご案内となり大変恐縮ではありますが」と記されていたが、「もしかして三〇歳以上だけが案内を送られたのか?」と思ってしまった(苦笑)。アンコールナチュラル・ウーマン 簡易感想 一応、乏しい洋楽知識を掘り起こすとアレサ・フランクリンという歌手の名曲で、カバーしている歌手も何人かいるそうなので、それがこのアンコールで歌われた曲と診て間違いないと思うのだが、最後の最後でまた洋楽無知に打ちのめされた(鬱)。 ただ、「ナチュラル・ウーマン」と聞いて、思うのは摩季さんにこれからも「ナチュラル」な摩季さんであって欲しいということである。
15年の歳月を経て様々な体験と様々な交流と様々な喜怒哀楽を経て生まれ育った「大黒摩季」は大黒摩季にしかなれない存在で、「大黒摩季」以外の何者であってもならない気がする。勿論摩季さんにも摩季さんなりの理想像、目標、尊敬する対象、愛する存在があり、多かれ少なかれその影響も受けるだろうし、それはそれで異論はないのだが、それ等を昇華した上でやはり「大黒摩季」であって欲しいのである。
もっとも、摩季さんが自分自身であることを放棄する日なんて日本が現実にショッカーに乗っ取られるぐらいありえないことなのだが(笑)。所感 何と言っても限られた人数での記念すべきパーティーに参加できたことに狂喜・光栄・感動と言った言葉では表し切れないほどの大いなる快感と誇りを覚えた次第です。
勿論、ライブの参加人数は常に有限ですが、通常のライブ参加人数に比べても大変少ない数で、前述したファンクラブ会員向けダイレクトメールの「会場のキャパシティ上M'DRIVE会員様におきましても限られた人数でのご案内となり大変恐縮ではありますが」の文を読むにつけ、「会員全員の中での抽選に受かったのか?」(だとしたら大変な幸運だ)とか、「『ダンエモン』と知られていて当選したのか?」(だとしたら滅茶苦茶光栄だ)とか、「ファンクラブに入り直したばかりだったからか?」(だとしたらいいタイミングで入り直せたな)とか、「同世代や長年のファンを対象に「ら・ら・ら」で「皆も年だしねぇ〜」と言う為か?」(だとしたら若年層には気の毒な話だ)などと、真剣な物・思い上がった物(苦笑)・支離滅裂な物(再度苦笑)と様々な憶測が浮かんでは消えたが、このような場に臨席できる機会自体が時と運と懐具合に恵まれなければ為し得ないことを思えば万物に感謝する次第である。
推測で百名にも満たない参加者の中で、高級料理と美酒を喫しながら荘厳な雰囲気の中で、普段ならバラード以外では立ち上がって拳を振り上げ、腕を振るのが手拍子に終始し、誤解を恐れず言え場「大人し過ぎる」とも言えるパーティーはこれまで体験してきた如何なる摩季さんがらみの経験にも代え難い物だった。
元々の性格から言ってダンエモンは群れるのが嫌いで、ライブのような何千何万もの人間が集まる場に座すことさえ、10年前の道場主には考えられない行動だった。だが、敬愛する人を文字通り眼前にして参加者全員の一体感と感情の波を全身に共鳴させた感覚は長年摩季ライブに望みつつ、「まず叶わぬ事」と思っていた事でもあったので、感慨は一入(ひとしお)だった。
1999年8月に、道場主はライブとしても生まれて初めて参加した千葉マリンスタジアムでの摩季ライブで、三万人の観衆にマイクを外した生声で「最高の夏をありがとう!!」と叫ぶ摩季さんを目の当たりにしてこの世から怖いものがなくなったかのような高揚感に捕われたのだが、あの日の高揚感が7年9ヶ月ぶりに全身に再来した。生半可な事で味わえないこの感覚を再々度味わう為にも、摩季さんに頑張ってもらう=自らもファンとしてもっともっと頑張らねばならず、それは取りも直さず一個人としての自らの成長も肝要であるとの気持ちを新たにした2時間だった。後日譚 今更書くのも躊躇われたのだが、摩季さんにとって節目であり、記念すべき15周年を祝う直前に、摩季さんにとって元同じ事務所所属の先輩であり、敬愛するアーティストでもあったZARDのボーカル・坂井泉水さんが癌治療の為に入院していた病院の階段から転落し、脳挫傷のために四〇歳と言う若さで急逝された事は摩季さんにとっての痛恨事であるだけでなく、コーラス時代からの摩季さん(実際にZARDのコーラスに摩季さんは参加した事がある)を応援してきた人々にとっても痛ましく、よりによってこんな記念日に起きた事がやり切れない気持ちを拭い難い物にしています。
摩季さんはこの日更新されたオフィシャルサイトに15周年への感謝をブログに書いている途中に坂井さんの急逝を知り、そのブログは勿論、携帯サイトにも「ありがとう(涙)」と銘打った追討文を載せていましたが、15周年を迎えられた事を摩季さんが感謝した多くの人々の中に坂井泉水さんが含まれているであろうことは想像に難くなく、坂井さんへの供養の意味でも摩季さんがこれからの活動も精力的に頑張ってくれるであろう事を坂井さんのため、摩季さんのために切望する次第です。
改めまして坂井泉水さんのご冥福をお祈り致します。
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摩季の間へ戻る平成一九(2007)年六月一六日 最終更新