Mother〜あなたに花束を〜

作詞 岡本真夜 作曲 岡本真夜 編曲 西垣哲二

解説 岡本真夜さんの6thミニアルバム『Happy Days』の5曲目に収録。タイトル通り、「Mother」=母親の誕生日に花を贈るとともに普段共に過ごしていなくとも経緯と愛と心強さを持ち続けていることを述べたものである。ちなみに歌詞中に「母」という単語は出て来ない。

 過去に真夜さんは長男のために「かけがえのない人よ」を作り、対象者不明ではあるが肉親への愛情を歌った「美しき人」も作っている。
 またエッセイ集でお祖母さんとの想い出も語っていたが、御母堂についてはこれが初めてではないだろうか。

 ともあれ、注目点は二点。一点は、想いを馳せている時の長さである。
 「18で離れた故郷にあなた一人」とあるが、これはシンガーソングライターを目指して故郷高知を離れた真夜さんの経験そのまんまであることは余人の言を待たないだろう。
 「親が子離れ出来ない時代。」と云われて久しいが、未成年者が故郷を離れて一人暮らしすることに不安を抱く親は多い。まあ、不安0という事は無いだろう。ましてシンガーソングライターという、才能と努力と運に恵まれたほんの一握りだけがデビュー出来、それも一発屋や鳴かず飛ばずで終わってしまう者が多い世界に我が子が単身飛び込むのを歓迎する親は極めて稀だろう。
 他のアーティストの例で恐縮だが、大黒摩季さんがデビューを目指して上京した際も家族は大反対し、旅立つ新千歳空港で見送ってくれたのは涙を流す御母堂一人だった。

 同時に、たった一人で故郷を離れた真夜さんにとっても不安は大きかったことだろう。それを示した歌詞が「遠く遠く離れた街では どこまでが嘘で何が本当で それでも諦めたくない夢 「もう一度」「もう一度」って あなたに弱音 吐きたくなくて」だろう。
 恥ずかしながら真夜さんがデビューまで如何に苦労したかをファンでありながら寡聞して知らない。だが何のコネもなく才能一本で挑むのが並大抵でないことは想像がつく。親にして見れば「早めに諦めて戻って来い。」と思う者も少なくないだろう。
 それに対してこの歌では「頑張れない時でも あなたの声が愛が聴こえる気がする 会えなくてもあなたの存在が 私を強くする」として、例え共に過ごしていなくても御母堂が真夜さんにとって心丈夫な存在であることを感謝と共に歌いあげている。

 私事の例で恐縮だが、道場主は大学卒業と同時に勤務先の命令で上京し、一人暮らしを始めた。道場主の両親は就職することで道場主が地元・大阪を離れることを厭うていて、就職活動中に東京本社勤務の可能性が高い企業に対して「辞退しろ。」と云う程で、もしこの時の就職が身内のコネによる就職でなかったら、本社勤務を命じられた段階で内定辞退を口にしたかも知れない。
 これは単に道場主の両親が子離れ出来なかっただけではない。道場主の母上は長兄(つまり道場主の伯父)から、「長男を手放したお前は馬鹿だ。」と云われた。それだけ長男=跡取り息子を手元に置かずにおれない韓国系日本人のDNAが強く働いていた。
 勿論両親はことあるごとに道場主に「大阪に帰って来い。」と連呼した(結局色々あって8年後に失意の帰郷となった)。

 まあ私事は、それも極端な例はこの辺りにして(例)、真夜さんは無事デビューを果たし、シンガーソングライターとして不動の地位を得て、今(令和6(2024)年4月25日現在)は一人息子も独立している。謂わば自身が「母」の立場に立っている訳だが、だからこそ思うところがあり、それが「あなたが年を取っても 記憶がもし消えたとしても 私はあなたの娘です」という歌詞に現れているのだろう。
 某線香のCMで、娘が自分の母に対して祖母の墓参りを勧め、その際に「時には娘に戻って。」と語りかけるものが有ったのだが、年齢や子育て家庭における相違もあるのだろうけれど、時に「母」であり、時に「娘」であると云うのはどういう心境なのだろう?
 恥ずかしながら、五十路を迎えて妻帯していないダンエモンは常に「息子」であって、「父」の心境が分からない(恥)。

 注目二点目は、「毎月」という頻度である。  比較対象としては不適切だと思うのだが、誕生日と逆の存在である命日なら「月命日」という言葉もあり、祥月命日ほどでは無くても、毎月同日をそれなりに重んじる。だが、誕生日に対して「毎月」とは聞いたことが無い(ダンエモンが知らないだけかも知れないが)。
 歌詞の冒頭で真夜さんの御母堂の誕生日は「15日」とあるが、月は明かされていない。もし1月15日なら小正月、6月15日なら弘法大師様の生誕日と、8月15日なら終戦記念日と同日になる。もっとも、1年365日(若しくは366日)必ず何かが歴史上にあり、誰か有名人が生まれ、亡くなっているのだが(苦笑)。
 勿論、「毎月」とは云っても、本命は実際の誕生日と同月同日で、それ故終盤にて「今月15日には 直接 花を届けるよ」としているのであろう。

 寂しいことを云えば、歳を経れば経る程誕生日を祝える回数は減っていく。「親孝行したい自分に親は無し。」という言葉もある。私事が多くて恐縮だが、ダンエモンはもう父親の誕生日を祝えないし、毎年祝っている母親の誕生日も後どれだけ行えるか分からないし、逆に考えたくもない。
 ただ、五十路手前の段階で真夜さんが掛かる曲を作ったのには、御自身の年齢、家庭状況と併せて想うところがあったと思われる。それを詮索するのは野暮だからしない(し出来ない)が、共に過ごしていなくても掛け替えのない存在として愛と経緯を持ち、心丈夫にするこの歌の概念は是非自分にも持ち泡たいものである。


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令和六(2024)年四月二五日 最終更新