矛盾〜愛だけが今ほしい〜

         作詞 麻生圭子 作曲 椎名恵 編曲 戸塚修
解説 椎名恵さんのフィフス・アルバム『Dolce〜ドルチェ〜』のトップに収録。捨て切れない過去の愛を惜しむ気持ちが、別れた時のそれを容認した自分を責める気持ちとの板挟みにしてしまい、タイトルの「矛盾」へと繋がっている。
 何とも遣り切れないのは主人公が過去の愛が戻らない事を百も承知で、戻らないからこそ激しく飢えている描写である。
 復縁の可能性の薄さは「Today,It's too late」(今日では遅すぎる)、の歌詞に表れている。
 遣り切れなさを増長しているのは別れた時の互いの認識の軽さにも見える。「一人がいい やりたいことがまだあるの」「あぁ 努力もせずに 楽なさよならを選んだの」といった歌詞から主人公は夢より「あなた」を軽く見ていて、更にその意を露わにした事を「Why did I say」と疑問視して悔いている。
 夢と比べて下に置かれたためか、「あなた」もさばさばしている。「君が 望むなら 思い通りにすればいい」と言ってくれた「やさしさ」「無関心への前ぶれ」だった事を今更にして悟って苦悩する主人公の姿は痛々しい。
 別の視点から見ると、今現在の主人公は愛という例外を除けば概ね幸せと見える。「優雅な休日」を持ち、携帯電話はおろかポケベルさえなかった時代に作られた歌詞の中で主人公は「車から電話をして」いるのである。もちろん夢も叶ったからこそ別れた「あなた」に視線が向き、彼を惜しむ気持ちが生じ、予想外の大きさに愕然としているのだろう。
 経済的にも、物質的にも、交友関係も充実しているから「愛だけが 私の部屋に欠けている」という表現になっているのだろう。人間誰しもがしてしまうない物ねだりの最たる姿をこの歌の主人公は見せてくれている。
 「ここであなたが愛を打ち明けたの」とあることから先に惚れたのは「あなた」で、その経緯から「あなた」に対して優位に立っていた主人公は恋愛中にはその幸せを自覚していなかった、とも取れる。前述のない物ねだりもそうだが、逆を言えば人間は満たされているものの有り難味にも気付きにくいものである。
 「矛盾」の最大の要因は別れを決めた筈の自分が、告白をされた筈の自分が、後になって愛を惜しみ、別れ際の相手の笑顔を今更ながらに信じられない現状に信じられないものを感じる点だろう。そう思うとサブタイトルの「〜愛だけが今ほしい〜」は言いえて妙である。
 満たされている物の有り難味を認識し、本当に必要なものを軽々しく手放してはならないことの大切さをこの歌が教えてくれている事を重ねて言及してこの解説を締めたい。


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