My Will 〜世界は変えられなくても〜

作詞 大黒摩季 作曲 大黒摩季 編曲 徳永暁人

解説 摩季ネェの14thアルバム『MUSIC MUCSLE』Disc1「FIGHTING MUSCLE」の7番目に収録されている。
 テレビ朝日系ドラマ『科捜研の女』第16シリーズ(2016年放映)でもある。Wikipediaによると摩季ネェ曰く、「主役の榊マリコさんや女性の応援歌をオーダーされて作ろうと思ったのが、療養中の自分を重ね過ぎて、気づいたら大黒摩季物語になってしまいました(苦笑)。」とのことである。
 様々な形で勇気を与えてくれる数多くの摩季ソングにあって、この曲のスケールは決して大きくない。ある意味自分はそんな大それた人間じゃないとアピールしているようでもあるが、逆を云えば、世界に大きな影響を与える様な完璧超人や万能人間じゃなくても、ささやかな幸せの中で想い人を笑顔に出来、自分らしく生きることが充分に可能であるとの意味での勇気を与えてくれる一曲である。

 歌詞に注目すると、冒頭で「幸せそうにじゃれ合うFamily 夕暮れ賑わうSupermarket 普通の幸せ 思ってたより 高価なものだったね」とあることから、恐らく主人公は野心的な生き方をしてきて、日常にある「普通の幸せ」及びその価値・有難みを忘れていたのだろう。
 そして「あの日に見た 夢を少し 思い出していたの」「叶わなかったから出会えた 仲間や居場所は愛しい」とあることから、その野心は叶わなかったのだろう。その一方で敗れた得た出会いがあることも伺える。

 その敗れた夢にひた走っていた頃の主人公は、「誰かと比べなければ」「欲しいものはあっても 奪ってまではいらない」とあることから、激しい競争の中にあり、勝者と敗者の明暗が残酷なまでに分かれる世界に身を置いていたいたとも取れる。
 実際、摩季ネェの生きる芸能界は実力(本人の資質や事務所の力を含む)がすべてで、CDが売れ、カラオケで歌われまくってなんぼの世界である。勿論ダンエモンの様なコアのファンを一定数掴んでいれば安定した生活間可能かもしれないが、そこに到達するまではアルバイトを掛け持ちし、世に認められるまで幾つもの曲を生んでは採り上げられない惨めな想いにも襲われ、ブレイクしても短期間に終わればたちまち生活に窮する。摩季ネェもセカンド・シングル「DA・KA・RA」、サード・シングル「チョット」でミリオンヒットを連発したが、「ら・ら・ら」前後までは将来への不安も小さくなく、平成12(2000)年の充電休養や平成22(2010)年〜平成28(2016)までの無期限活動停止期間中のファン離れへの不安もあるにはあったことだろう。

 話は逸れたが、世の中には大いなる野望を遂げる為に尋常じゃない努力と日常を犠牲にする程時間を奪われる例も多い。この曲の主人公もある意味そんな世界に生きていたのだろう。

 そしてそれに敗れたことで気付き得た「自分の弱さ」「本当の望み」「普通の幸せ」「未来」「笑顔」「温かい愛」が、具体例が無いながら秀逸に歌い上げられている。
 それらに気づき、それを愛おしく思えることは決して負け惜しみなどではなく、「世界は変え」られるような高い能力や「すべて」「救え」るような超絶的なカリスマがなくても、自分の周囲だけでも「未来は変え」「君を笑顔に出来」「私はわたしを生きたい いつかそう思えるように」なれるという風に、ささやかでも、能力に関係なく周囲の人々を大切にすることでそれらの望みは充分得られることとその大切さを教えてくれている。

 特にダンエモンが注目するのは「誰かと比べなければ ほら この人生も悪くない 満たされてはないけど 温かい愛はある」「欲しいものはあっても 奪ってまではいらない 不器用でも自分らしく My Will 歩いてゆく」「大人になるということは 多くを知ることじゃなくて 自分の弱さを 本当の望みを知ること ならば私 わりとイイ感じかも」の歌詞である。
 ギスギスした競争社会に敗れ、野望がついえたと思われる主人公だが、「満たされてはないけど」「欲しいものはあっても」「自分の弱さ」とあることから、まだまだ夢は持っており、勝負に挑みたい気持ちも失っていないのだろう。
 だが、それ以上にそれらに囚われて自分や周囲を見失わず、日常にあるささやかでも大切なものを重んじようとの意志=「My Will」「この人生も悪くない」「不器用でも自分らしく」「ならば私 わりとイイ感じかも」と云った部位に見え隠れしている。

 人間誰しも多かれ少なかれ夢はあることだろう。とは云っても世界征服は無謀だし(苦笑)、年齢や人生経験から総理大臣やプロ野球選手のように今更望めないものもある。
 だが、「給料を一万円でもあげたい。」とか、「マイ・ホームが欲しい。」とか「一等級上の役職に就きたい。」とか、「せめて3kg体重を減らしたい」といった誰しもが充分狙える夢もあれば、程度の大小にこだわらなければ「本を出す。」、「有名になる。」、「地域のルールを変える。」と云ったことは何歳になっても挑める。
 少し自慢話になるが、サラリーマンとして様々な会社を解雇されてまるで出世せず、財も成さず、アラフィフィになって結婚すら出来ていないダンエモンだが、摩季ネェにその存在を顔とハンドルネームで覚えられるという夢は既に実現している。「Anything Goes」のプロモーションDVDに映ることで、「摩季ネェと同じ映像に映る」、「仮面ライダー関係の映像に映る」という野望を一秒間だけと云うささやかな形ではあるが達成している。

 大それた能力が無くても、日常的な幸せを掴み、周囲を笑顔にして、温かさを保持し続けることは充分可能で、そこから夢に何度でも挑めることを改めて摩季ネェとこの曲に教えられた気がする。


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令和四(2022)年七月一五日 最終更新