陥ちたMoral

解説　椎名恵さんの9thアルバム『ガラスの月』収録曲の中でも8曲目にエントリーされているこの曲は直前の「あなたが消えてゆく」と並んで暗い曲である。
　身も蓋もない言い方をするとこの曲は浮気の曲なのだが、余りにも悲しく空しい背徳がそこには描かれている。
　「気が遠くなる様な　寂しさと引き換えに　抱かれてるだけだわ　名前さえ知らない」という冒頭の歌詞には正直、初めて聴いたときはふしだらささえ感じた。そう、上っ面だけを見れば。
　よくよく考えなければならないポイントとなる歌詞は「あなたに従順な　女はもうやめたの」、「愛のない冷たさが　今は楽だわ」、「やさしさも邪魔になる」、「理由などなくていい　ただ誰かに　必要とされたいだけ　それだけなのに」である。
　おおおよそ性欲や気まぐれで生まれた浮気ではなく、「あなた」に気付いて欲しい、咎めて欲しい、という逆説的な要求が歌詞のあちこちに見え隠れしている。
　歌詞から推測するに、「名前さえ知らない」誰かは主人公を愛情ではなく、性欲や肉欲で求めているのだろう。通常よほど肉欲に飢えていない限りそんな体だけの求められ方には屈辱を覚える。
　しかしながら主人公は「愛のない冷たさが　今は楽だわ」とか「ただ誰かに　必要とされたいだけ」などと言っている。おそらく「あなた」は主人公が求めれば抱いてはくれるのだろう。だがそこに体の温もりはあっても心の温もりはない、それなら例え体だけでも心底望まれて抱かれる方が割り切っている分、まだ気楽……そんな悲しい妙な絶望が感じられる。
　何だかんだ言って主人公は「あなた」を愛しているのだろう。抱くときは温かさを込めて抱いて欲しい、もっと「俺だけの女」との想いを見せて欲しい…しかしながら情が薄いのか浮気に気付く様子さえ見せない。「最高の孤独ね　痛みにもならない」の歌詞には強烈な皮肉と悲しみを感じる。
　本当に「陥ちてゆくモラルに　救いなんてない」のだろうか？ダンエモンが「あなた」なら決してこのまま成り行きに任せるなんてまねをしたくない。
　普段はダンエモンは自らの嫉妬深さを嫌悪しているのだが、嫉妬さえしない情の薄き人間もまたどうか？と考えさせられる一曲である。
　また主人公には背徳によるかまのかけ方などではなく、正面から「あなた」にぶつかって、それで情がないようならそんな人間を自分の方から捨てるぐらいの強さが欲しいと願われてならない。


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