別れるまでの恋人

         作詞 麻生圭子 作曲 羽場仁志 編曲 大友博輝
解説 椎名恵さんの11thアルバム『Lovers』の5曲目に収録。ささやかな幸福感が漂う中にその幸福がいずれ終わりを迎える定めにあるものであるゆえに限られた時の中の全てを大切にしたい気持ちが美しくも寂しい曲である。
 身も蓋もない事を言えば、如何なる愛も終りの時が来る。死ねばそれまでと言う考えに立てば。だが、背景に注目すると「朝を二人で迎えられない」という点や、「抱きしめ合ったその翌日」とありながら「愛してると言えない愛も この世には確かにあるわ」などと触れている点からも、主人公と「恋人」とは道ならぬ恋か、でなくとも互いの人生の進む道からいずれ物理的な距離が離れる事が避けられない定めにあると思われる。歌詞中に「あなた」という単語が出てこないのもその表れだろうか?
 仏教の「盛者必衰(盛える者もいつかは滅びる)」、「会者定離(出会えばいつか別れがある)」の観点に立てば親羅万象(この世の全て)は有限である。まして人の一生の中で明確な別れの時が見えているとはさぞかし辛い物があるだろう。そう考えると余計にサビである「いつか別れてゆくなら 何も無駄にしないでね 今は惜しまないで 愛を私だけに」「いつか離れてくまでの 恋人と決めてるなら 今は眼をつぶって 愛に溺れさせて」の歌詞の秀逸さが際立つ。
 「惜しまないで」とはともかく「溺れさせて」とは本来は「酒に溺れる」などという風に好ましくない表現に使われるのにこの歌では胸を打つのだから凄い物である。別れが決定しているから如何なる形の物であろうと全てを消化したい、いわば完全燃焼を志す気持ちは誰しもが理解する所であろう。
 次に注目したいのはいつかやって来る辛き時を自覚しながらも見事なまでに落ち着き払っている主人公の姿である。限られた時の中でありながら決して狂った様に愛欲に耽る訳ではなく、むしろ「コーヒーを煎れるためだけ」「おだできるだけおだやかに過ごす」といった努力が為されている。
 一見不思議に見えるこのスタイルは「自由にならないことが いつも二人つないでる」「きれいなだけの愛には すぐに飽きてしまうこと 悔しいけど二人はすでに 気がついてしまっただけよ」の歌詞を見れば納得が行くだろう。
 形や一時的な行動がいかに儚く、刹那的な物に過ぎないかということを嫌という程思い知る何かがそれまでの人生の中で「二人」にはあったのだろう。「笑っていても泣き崩れても 巡るような朝は来るから」とある様に時の流れはすべての者に平等且つ不変で、そこには一切の情けもない。
 そう考えて、正式な夫婦や、何の過不足もない恋人同志でも、どちらか世を去る時には「別れ」がある、と敢えて縁起でもない想定をする事で、「惜しまないで 愛を」「愛を私だけに」と愛情を深めるのも一興ではないだろうか?


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