WE ARE THE LOVE 〜dedicated to J & L〜feat.TOUMA ROSE

作詞 大黒摩季 作曲 大黒摩季 編曲 Yohey

解説 摩季ネェの15thアルバム『PHEONIX』の9番目に収録されている。また、プロモーション映像がこのアルバムの次にリリースされたデビュー30周年記念アルバム『SPARKLE』Disc4「Music Video」の3番目に収録されている。
 歌詞はオール・イングリッシュで、當間ローズ氏とのデュエットで歌われていて、ダンエモンも一度摩季ネェのライブでゲスト出演した當間氏を見たことがある。
 アルバムの歌詞カードには日本語訳も付記されているが、歌詞を為す英文はかなり分かり易い。「英語なんてちんぷんかんぷんだよ!」というほど苦手意識を持つ方には厳しいかもしれないが、一応英会話が出来るダンエモン(←こういうと自慢げだが、文法的には中学生レベルである)が注意深く聞けば何とか大意が掴める。ただ、歌詞カードに添付されている日本語訳は直訳ではなく、少々意訳されている。

 まずタイトルの「WE ARE THE LOVE」だが、直訳すれば「私達は愛」だが、日本語訳には「私たちは愛そのもの」としている。定冠詞・「THE」がつく程唯一無二の大切なものとしているのだろうか?
 ともあれ、歌詞の大意は共にいることを、愛し合うことを喜び、その力があれば世界を素晴らしい物に変えられるとまで叫んでいる。些か聞いている方が恥ずかしくなりそうだ(苦笑)。
 そして「〜dedicated to J & L〜」の「J」と「L」だが、「J」は、在日アメリカ人英語教師・写真モデルのジョシュア・ヴィンセント・オッグ(Joshua Vincent Ogg)のことで、「L」はシンガポール出身の写真家・レスリー・キー(Leslie Kee)氏のことである。
 二人は恋人同士で、本品はアルバムジャケット制作中に写真撮影をリスリー氏に依頼する中、彼が令和4(2020)年9月に同性婚として渋谷区でパートナーシップ証明書を取得したことを知った摩季ネェが、レスリー氏とパートナーのジョシュア氏の出会いからこれまでのストーリーを受け止め、2人へのウェディングプレゼントとして制作されたものである。
 歌詞はレスリー氏とジョシュア氏が大切にしてきたという言葉たちを綴り、2人で歌えるようにとデュエットソングとしてアレンジしたとのことである。

 歌詞の中に「La la la I was here You are my dream and future」というものがあり、日本語訳では「ずっとここで待っていた そう あなたは私の夢 そして未来」としているが、「was」だけでは「いた」というだけで、普通は「I waited」としないと分からない。思うに、「You」と出逢えたことで世界と未来が変わる程の衝撃と喜びを感じ合っている主人公は只その場にいたことが、待ち続けていたに等しいのだろう。
 対照的に「La la la You were here You are my sweet heart and soul La la la stand together」と云う歌詞があり、「ずっとここにいたよ 君は僕のいとしい人 心と魂 共に立ち上がろう」という役を当てているが、ここでも「were」とあるだけなのに「ずっと」という役が付け加えられている。
 恋愛関係にあって、単純な物云いに言外の含みを持たせるのは世界共通という事だろうか?直後にある「It’s a wonderful world, it’s a beautiful world」が実現するかは主人公たち次第なのだろうけれど、二人が共に「in this whole new world」にあるのだけは間違いない。

 そして歌詞全体を通じて感じるのは純粋さである。『PHOENIX』収録曲には、「純粋な人」というそのものずばりな曲もあるが、この曲の直前に収録されている「PHOENIX」も純粋さに溢れている。そしてこの曲も「Life is tough Mother Never forget When I was young and innocent You show me light and hope Life is not easy not easy」と母親に育てられて来た思い出に触れ、「Thank you for loving me This is our destiny lalala…」というふうに、あたかも子が生まれた時点で親が無上の愛を注ぐ如く、対面している愛を「destiny」=運命と云い切っている。本来ダンエモンは運命と云う言葉が人生における強要された境遇のように思えて好きではないのだが、この曲における歌詞の様に、愛を何物にも動かされないことの象徴として「destiny」としているのなら、嫌いな単語もすんなり受け入れられそうである。

 ともあれ、愛し合うことを喜び合う純粋さと希望に溢れた歌詞は静かで、穏やかで、アップテンポの少ない歌詞ではありながら何物にも冒されない動かし難い強さに満ちているのが心地良い。日本語訳をそのまま朗読すればかなり歯が浮くが(苦笑)、それも純粋さ故だろう。

 さて、上述した様にこの曲のプロモーション映像がアルバム『SPARKLE』Disc4「Music Video」で見る事が出来るのだが、この曲がレスリー氏とジョシュア氏に捧げられたものであることから、映像内には何組もの同性カップルが登場する(異性カップルも出てきます)。
 正直、ダンエモンは、所謂、LGBT問題に理解がある方とは云い難い。それ故、差別にならないように慎重に筆を進めたいが、映像に出て来るカップル達は、長年待ち続けたものがようやく得られたかの様の達成感に溢れた実に晴れ晴れした表情をしている。
 仮にこの曲を全く知らずに、映像をいきなり見たとしても、カップル達が互いを深く愛し合っているのは誰の目にも一目瞭然だろう。この映像を見れば、異性間であれ、同性間であれ、愛し合うことの素晴らしさは共通なんだろうな、と思わされる。
 ただ、そんなことをいちいち考えること自体が、まだ自分の中でこれらの問題に理解が甘く、不寛容なのでは?と思っている。
 正直に白状するが、個人としてホモやゲイは苦手である。レズについては実際にレズの人の体験を聞いたり、レズもののアダルトビデオを見てひいたりしなかったが、単に度助平故に女体に関する映像も話も好きなだけで、レズビアンへの理解とは違うと思う。
 過去にはSNS上で同性愛(男同士のそれ)に対する嫌悪感を書き込んで、他の参加者から叩かれたこともある。勿論法や倫理的には同性愛であれ、異性愛であれ、個人の好みや恋愛感情に立ち入るのはナンセンスで、当人同士が愛し合っていれば他人がとやかく云うことはないと思うし、実際に、他国では認められる同性婚が日本では受理されないのは、当人達にとっては非常に重大な問題なんだろうな、とも思う。
 しかしながら、理屈と感情は必ずしも同じではなく、法や倫理の上で反対出来ないだけで、同性愛を偏見なく受け入れている自信は無い。まだ『パタリロ!』という登場人物に同性愛者が多数登場する漫画を長年読んでいるのでマシかもしれないが、「好むか、好まないか?」と云われれば「好まない。」に傾くと思う。
 ただ、それだけに、レスリー氏とジョシュア氏を心底祝福出来る摩季ネェは素晴らしいと思うし、かかる曲と映像で祝福を受けられたレスリー氏とジョシュア氏も喜んでいることと思う。


摩季の間へ戻る

令和八(2026)年九月二八日 最終更新