第12頁 決して応じてはならない誘いと後悔

 悪の組織が、本来ならば善の組織、単純な善悪二元論で断じ難いなら日の当たる世界にいた者を時に好餌でもって、時に理想の共有を投げ掛けて、時には脅迫でもって自陣営に引き込まんとした例を11ほど挙げさせて頂いた。
 閲覧者の方々の中には本作のタイトルを見ただけで、「はっ!正義の味方が悪の組織の勧誘に応じる訳ないじゃん!」として、あたかも最初から犯人が分かっている推理小説を読む様なつまらなさを感じた方々もいらっしゃるかもしれない。
 確かに結果だけを見るならその通りで、悪の組織による勧誘など、シルバータイタン自身、「やるだけ無駄なのに(苦笑)。」と何度も思ったことがある。
 では何故に、そんな結論が見えている事柄を敢えて取り上げたのか?

 それは、現実の世に悪への誘惑・勧誘が溢れ返っているからである!

 そして残念ながら悪への勧誘に(心根はどうあれ)応じてしまう者が後を断たない。勿論それに伴って被害者、加害者の身内となって泣く者も増加し、「安全と水は無料(ただ)」と云われた我が国から体感治安が失われて久しい。
 「悪の組織」はフィクションの存在で居てくれてこそ、その背景や設定を楽しんだり、部分部分に共感したりする事が出来る訳で、当たり前の話だが、ショッカーが実在したら官憲は全力を挙げて組織壊滅に動いて貰わないと困るし、ドグマ王国やクライシス帝国の侵略は自衛隊や国連軍を動員しなければならない重大事である。
 詰まる所、本作を制作したのも、「悪への勧誘」が決して縁遠いフィクションの世界に留まらず、油断すれば老若男女・能力出自に関わらず身近に潜んでいるものであることへの警鐘を鳴らしたかったからに他ならない。
 そこでのこの最終頁では実在する悪への誘惑を簡単に紹介し、シルバータイタンの知る実態を指摘し、悪への誘惑に接しない、接しても断る勇気を説いて本作を締めたい。


実在する悪への勧誘1.非行グループ
 学生、特に中学生の時、道場主が不思議に思ったことが2つあった。それは、
「何故にどこのクラスにも、何処の学校にも不良がいるのだろうか?」
「何故に校則を守り、先生方に敬意を払うと馬鹿にされるのだろうか?」
 というものだった。

 まあ、これは学生時代の今以上に無知で世間を知らない身の上で、目に見える範囲でしか考えていなかったことなので、上述の想いを鵜呑みにしないで頂きたいが(苦笑)、話を分かり易くする為、少しばかり道場主の中学時代にお付き合い願いたい。

 道場主の通った中学校は別に特別じゃない公立の市立中学校だった。ほとんどの学生は普通の学生で、道場主の方がよっぽど変わり者だった(苦笑)。そんな道場主が入学して程なく不思議に思ったのが、「真面目な奴ほど、笑われ、馬鹿にされる。」という妙な風潮だった。
 小学生時代、取り立てて不真面目でなかった同級生達が、先生方を「○○先生」ではなく、「○○」と(さすがに面と向かってではないが)呼び捨てにし出し、校則で禁止されていること程破り、お決まりのように皆が皆学生鞄をぺちゃんこにした。
 大衆迎合が大嫌いな上に、幼少の頃から小柄で身体能力で周囲に大幅に劣る=喧嘩激弱の道場主にとって、先生方は大事な守護神(野比のび太にとっての、ジャイアンの母ちゃんの様なもの(苦笑))でもあったから、周囲の不真面目傾向が進めば進むほど(先生方を味方につける為にも)クソ真面目に徹した。
 それならそれで余り目立たない様に生きれば良いものを、幼少の頃より自己顕示欲が人三倍強かった道場主は(苦笑)目立つ言動ばかり取るものだから、忽ち不良学生たちに目を付けられ、「不良」=「不倶戴天の敵」となった。

 そんな中学校生活の中、当然学年が上がる度にクラス替えがあり、前年同じクラスで問題を起こす生徒は別クラスに配置されていたのだが、それでもどこのクラスにも不良学生がいた。一定数いればクラスの数で分けても、どうしても2、3人は配置されてしまうのは分からないでもないのだが、同時に気に入らなかったのは、クラスが別になっても不良同志はつるみ、その過程で本来真面目だった数名の級友達がそのグループに巻き込まれたことだった。ある意味、「悪の勧誘」を肌で感じた最初の瞬間だった。

 人間は単純な存在ではないから、非行に走ってしまう要因は人それぞれである。劣悪な家庭環境で毒親からいい加減な教育を受けたケース、勉学や部活に挫折して落伍者的な日々に走ったケース、対人関係でショッキングなことがあって真っ当な学生生活に嫌気がさしたケース、と云い出せばキリがない。
 ただ、自分の過ごした校内環境に真面目を嘲笑し(←何せ生徒に人気の無い先生に普通に挨拶したら馬鹿扱いされたのである!)、不良学生の非行を(あくまで安全地帯で傍観している分に限ってだが)面白がる傾向があったから、軽い悪事(少額の賭け事、落書き、無用の非常ベル鳴らし)程度ならヤンキーに強要された際に応じる者が大半だった。
 だが、中には本当にそのまま不良化し、日常的に暴力を振るい、飲酒・喫煙・シンナー遊び・バイク窃盗を繰り返す様になってしまった者もいた。小学校時代に共に遊んだ記憶があり、ご両親は真っ当な方だったことも知っていただけにショックが大きかった。

 正直、道場主とて徹頭徹尾真面目な人間だった訳ではなかった。校内の真面目を嘲笑う風潮に反発した訳で、逆に校内が真面目一徹の風潮だったら非行に走らずとも、クソ真面目を嫌っていた可能性はある。
 校則違反だってしている(喧嘩、飲酒、漫画持ち込み、早弁を若干数やらかしている)。だが、群れて、周囲を巻き込み、軽いとはいえ悪事を推奨する不良グループを激しく嫌悪し、「例え、非行に走る様になったとしても、群れず、無関係な者達を巻き込むことは絶対にしない!」と誓ったものだった。

 個人的なことを長々と書いて恐縮だが、不良学生がつるみ、周囲を巻き込む例は少なくないと聞く(実際に不良グループに加わったことないので詳細は知りません(苦笑))。
 漫画などでは、家庭的不遇、挫折、孤独に不良グループが漬け込み、健全な日常に居場所を失くした(と思い込んでいた)者が加わってしまうと云う例が数限りなく描かれて来た。
 個人的にショッキングだったのは、その昔『週刊少年ジャンプ』で掲載された『シェイプアップ乱』(徳弘正也作)で、たまたま近道しようとして立ち入った雑木林で、シンナーを吸っていたチンピラに強姦されたことで周囲からの奇異の視線に耐え切れなくなった女子高生が不良化してしまった話だった。
 最終的には女子高生の恋人がグループから奪還し、これに激昂した不良とチンピラ達は主人公・寿乱子とその彼氏・樋口左京に叩きのめされる展開を仄めかして落着したのだが、展開はかなりグロく、ショッキングだった。

 何度か、拙房を閲覧下さった方々から、「小さい子供も特撮房を見ているので、下ネタは控えて。」と云われたことがあるのだが(苦笑)、もし、学生の方が今この頁を閲覧されているのなら、人生における挫折・不幸・孤独のときにこそ、普段後ろめたい生き方をしている者達が仲間を求めて貴方を悪の道に引き摺り込もうとするかもしれないということを覚えておいて欲しい。


実在する悪への誘惑2.悪徳新興宗教
 すべての新興宗教を一緒くたにしない為に、この際実名を出すが、かつてオウム真理教という新興宗教団体が地下鉄サリン事件を含む数々のテロ・殺人を繰り返し、日本中を恐怖にどん底に陥れ、「実在する悪の組織」に戦慄したの30年以上を経た今でも多くの人々が記憶していることだろう。

 ここで再度道場主の昔話を披歴することをお許し願いたい(何せ実例なので)。
 地下鉄サリン事件が起きたとき、平和や正義や愛を説く筈の宗教団体が掛かる事件を起こしたことに日本中が戦慄したが、道場主の戦慄は比較的低い方だった。
 というのも、道場主の出身高校(←仏教系)の校長先生が事件以前からオウム真理教を厳しく批判し、道場主の入学した大学では入学試験の段階で学生自治会がとある宗教団体の勧誘に用心するよう受験生及び新入生に注意を呼び掛けていたので、少しは「あり得ること。」との認識があった。

 自治会の説明によると、その宗教団体は自分達が宗教団体であることを伏せて、大学内によくあるサークル活動を装い、勧誘した学生を交通も容易ならぬ僻地に閉じ込め、不眠不休状態に陥れたところで自分達の価値観を洗脳し、洗脳された学生は講義にも顔を出さず、下宿や自宅にも戻らなくなり、霊感商法に従事させられるというもので、過去には組織を抜けようとしたところで逃走に失敗した学生がその際に追った怪我の治療も施されず、命を落としたことすらあったと云う。
 正直、当初は「死人すら出ているのに何で警察沙汰にならないんだ?」と半ば訝しがっていたが、入学直後、怪しい勧誘者が続々と眼前に現れ、「こりゃ用心しないとな。」と思わされた。
具体的に書くと、「出会った方々の健康をお祈りさせてもらっています。」と云ってくるので、「祈るぐらい好きにすれば?」的に一度応じたのだが、妙な合掌をさせ、何者かへの謝辞を念じることを求めてきた段階で怪しさを感じた。何より、「出会った方々の健康」をお祈りする筈の者が、物凄く痩せぎすで青白い顔色をしていたのだから、丸で信用ならなかった(苦笑)。

 勿論、新興宗教のすべてが怪しい訳じゃないし、古くからの伝統ある宗教団体に属しているものだからと云って悪事を為さないとは限らない。真っ当な信仰心を持ち、真面目に修業し、世の安寧や人身の平穏を念じて日々活動している新興宗教関係者にとって悪徳宗教団体の存在は堪ったじゃないだろう。
 宗教団体じゃなくても、手段が目的化することで悪の集団と化している組織は数多く存在する。例えば、反捕鯨団体がそうだ。動物愛護の精神から「鯨を守る!」とすること自体は「悪」とは云わないが、その一念の為に捕鯨船に破壊・暴力行為を辞さず、法律に違反して逮捕しても悪びれず、脱走する等、「目的の為に何をしてもいい!」と云わんばかりに手段が目的化し、人に道を数々踏み外しているに気付いていない(気づいていないふりだけかも知れないが)。

 挙げればキリがないので、悪徳宗教団体の勧誘に引っ掛からないコツとその根拠を一つだけ挙げておきたい。
 早い話、「多額の金銭」を要求するようなら信用しないことである。
 確かに神仏の為に寄付をするなら、少ないよりは多い方が大きく貢献していることになるだろう。だが、「御布施」は別名「喜捨」ということを覚えておいて欲しい。
 読んで字の如く、「んでてる」ということだが、それは別の云い方をすれば、「これぐらいの額なら懐から出しても痛手ではない。」という範囲を意味する。「痛手」というのは、「生活に窮する」という意味だけではない。余りの多額を放出することで家族の生活以外にも、身内や友人知人との対人関係を狂わせ、多くの人々に怒りや悲しみをもたらす金銭の放出は決して「喜捨」とは云えないのである。そもそも、そんな多くの人々に負の想いを抱かせるような行為を神仏が喜ぶだろうか?喜ぶとしたらその神仏は悪魔の化けた紛い物であろう。

 それゆえ、全く無理のない範囲で心底からの寄付を行うのが「御布施」・「喜捨」であり、オウム真理教の説いた全財産はおろか、出家に際して反対する親との縁を切らせながら、その遺産はしっかりと受け継ぎ寄付させんとする「極限の御布施」とは、「グラグラに煮えたぎっているアイスコーヒー」というぐらい矛盾に満ちた言葉なのである(苦笑)。

 余り良い表現ではないが、新興宗教団体に多額の金銭を寄付するぐらいなら、有力政治家に献金する方が確実に貴方の利益を守ってくれるだろう(笑)。


実在する悪への誘惑3.闇バイト
 さて、昨今、最も身近で、深刻なのが社会問題の一つにも挙げられている「闇バイト」と呼ばれるものであろう。
 高額報酬や簡単作業を謳い文句に振り込め詐欺などの手先とし、悪事に加担させられていることに気付いた若者が辞職したくても、共犯になってしまっていることや、個人情報を握られたことで報復を仄めかされたりすることで抜けるに抜けれず、延々と悪事の片棒を担ぎ続けることとなり、青春も人生も棒に振る若者が後を絶たない。

 「上手過ぎる話に乗る方も悪い。」、「そんな甘い話ある訳ないだろう。」という声も聞かれ、それ等を全面否定は出来ないが、闇バイトに応じてしまった者達が悪辣な大人から巧みに騙された被害者としての一面を持つこともまた全面否定出来ない。

 うちの道場主は少年法による触法未成年への罰則の甘さに否定的なのだが、それでも「未熟さ故に罪を犯してしまった」ということを考慮することまで否定してはいない。それでなくても詐欺は「上手い話」を持ち掛ける者が多く、大人でも引っ掛かってしまうのである。未熟な未成年が引っ掛かることを本人だけのせいにするのは不当である。
 心ならずも、数回ハローワーク通いをしたことがあるが、職員からの「どんな仕事をお探しですか?」に対して、「楽して沢山給料をくれるところ」とあっけらかんと宣う、人生を舐めているとしか思えない者を何人も見ている。事の善悪はどうあれ、「楽して稼げる高額バイト」に食指を延ばす者は無数に存在する。単にそれを歌った詐欺が多いだけで、「本当に楽して稼げる高額バイト」となると、諸手を上げて応じる者はかなりの数になるだろう。

 うちの道場主は、かつて短期間だけ訪問販売の仕事をしたことがあり、詳細は書けないが、商品自体は買い手にも利益をもたらすものだった(時間がかかるのが難点だったが)。だが、訪問販売の哀しさ、門前払いがめちゃくちゃ多かった上に(苦笑)、話を聞いてくれた方々の中にも、「その話が本当ならな。」として、事実上の拒絶をする者が多かった。
 勿論「本当」を持ち掛けているのだが、「本当ならな。」と云っている段階で相手は完全にこっちを疑って、聞く振りをしているだけで、聞く耳を持ってはいなかった(一回だけ、「暇潰しにアンタの話に付き合っただけだ、もういいから帰ってくれ。」と云われたことが本当にある(怒))。勿論その台詞を持ち出す相手の意志が覆ったことは一度もなかった。

 だが、厄介なのは、「本当」と思えれば、人は「甘い話」に乗ってしまうのである。「嘘だ。」、「詐欺に決まってらあ。」と思うから応じないだけで、「それなら間違いない。」という裏付け(と思える根拠)があれば、「乗りたい」と思っている者は星の数程いて、それは未成年に限った話ではない。その昔『たけしの万物創世期』という番組で、詐欺をテーマにしたとき、インタビューに応じた元詐欺師が、「どんな相手で相手に欲望があれば騙せる。」と抜かしていた。この台詞を認めはしないが、詐欺師の狙い所なのは間違いないだろう。
 勿論詐欺は詐欺、悪事は悪事である。余程の馬鹿か、考え無しでない限り、悪事に加担させられているとなれば、ドロップアウトを考える。だがその時には雇い主(と云う名の悪の首領・幹部)に住所や家族構成まで握られ、報復を恐れることで悪事に加担し続けるようになるのが通例である。相手も足抜け者による悪事や機密が官憲に漏れ、自分達が逮捕されるのを防ぐ為に相手が逆らえないよう、脅迫出来る弱みを握るのである。

 『仮面ライダーX』では、RS装置の発明者・南原博士が娘・リエの命をたてにGODに脅迫されてRS装置の開発を強要され、リエもまた父の命をたてに、「お父さんは仕事に海外に行っている。」を装って日常生活を送る様強要されていた。
 また『仮面ライダー(スカイライダー)』第38話では、戦闘員であるアリコマンドを補充する為にネオショッカーが「月給100万円」を謳い文句に、「マコリアインターナショナル」という会社による面接で若者を多数拉致していた。まあ、スカイライダーの人形を攻撃するのが面接テストだったり、面接に行ったものが一人として帰って来ないことで悪事が露見したり(調べに来た母親を車で轢こうとして筑波洋の介入を招いた(苦笑))していたので、稚拙な面も目立ったが、少し話をずらせば、現実にあり得る話である。
 闇バイトの募集に応じた少年が東南アジアの詐欺グループ拠点に連行され、帰宅も連絡もままならず、延々と悪事に加担させられている報道を見て、この第38話を笑う事が出来るだろうか?

 勿論、美味い話を求める人の欲望、それも未熟な未成年のそれに漬け込む反社組織の親玉が一番悪いのだが、そこは周囲の大人が守るべきだろう。ある程度の年齢になれば子供の独立心を立てる為にも介入は躊躇われるかもしれないが、最初の一、二回ぐらいは何かあれば大人がすぐに駆け付けられる場所でのバイトに限定し、雇用条件や業務内容を精査すべきだろう。いきなり高校生が、「月200万稼げるバイトに行くから、3ヶ月程帰って来ないので。」と云って怪しまない親はさすがにいないだろう(苦笑)。


最終考察 今こそ注目すべき、「断る勇気」・「脱却する勇気」
 「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という標語(?)がある。個人・単独で行う悪事やルール違反に躊躇する者が、集団になると即座に罪悪感を薄れさせる悪しき傾向を示したものである。
 一例を挙げると「修学旅行での女風呂覗き」がある。個人が個人宅の風呂場や銭湯で入浴する女性の姿を覗き見すれば、完全な犯罪で逮捕されることになる。なのに何故か、修学旅行で女風呂覗きに対しては、「修学旅行の定番」、「思い出」という訳の分からない理屈で然程の悪事とされない。
 実例を挙げると、道場主が小学校6年生の頃、修学旅行にて級友の誰かが女風呂覗きを云い出し、忽ち皆が応じた。年上の女性好きで同じ小学生の裸に興味の無かった道場主は断ったが、周囲から「度胸がない。」、「一人良い子ぶるな。」等と吊し上げられ、渋々同行した。
 結局この覗きは、最初に除いた先頭の2人の内、1人が興奮の叫び声を上げ(←阿呆である)、1人が鼻血を流してぶっ倒れたため即時撤収となった(苦笑)。

 まあ、分かり易い実例として道場主の阿呆な記憶を持ち出したが、未遂に終わったとは云え、この時の道場主は周囲からの圧力に屈して、断る勇気が持てなかった。もし結果的に覗かれた女子児童に深い心の傷を負わせていたら、決して「ガキの悪戯」で済む話ではない。また、これが集団暴力や集団窃盗だった場合、少しでも被害が出ていれば完全な犯罪である。

 この事件の4年後、高校の英語の事業で、「Real brave is brave to refuse evil(本当の勇気とは、悪を断る勇気である).」という英文を見て、道場主は頭を殴られた想いをした。
 上述の覗き以外にも、集団で校則違反をする話になったとき、加担を断ったこともあれば、断り切れなかったこともあれば、辛うじて関わらないことを約束して終わらせたこともあったが、断った際に浴びせられた周囲の台詞は、「怖いんだろう?」、「勇気がないなあ。」という嘲笑交じりのものが確かに多かった。早い話挑発で、『ウルトラマンA』第7話で、恋人を殺された山中(沖田駿介)が、隊長命令に背いて休眠状態のメトロン星人Jr.を攻撃せんとして同行を呼び掛けた際に、これを断った今野(山本正明)が山中から、「腰抜けめ!そんなにメトロン星人が怖いか?」と詰られ、「怖くなんかないですよ!」として同行してしまった例を持ち出せば、特撮ファンには分かり易いだろうか?(笑)
 結局、この攻撃は「藪をつついて蛇を出してしまった(竜隊長(瑳川哲郎)談)」となってしまい、私情で命令違反をした山中、なし崩し的に同調してしまった今野、北斗星司(高峰圭二)が隊長の前で項垂れ、怒る隊長を前にぐうの音も出なかった。

 第10頁の、ジャーク将軍南光太郎に対する勧誘を考察した際に、彼が光太郎の孤独につけ込んだ例を挙げ、僅かに勧誘が成功したかもしれない可能性を仄めかしたが、これも悪事への誘いを拒むことで「一人ぼっち」、「仲間外れ」、「村八分」になることを恐れて悪事に加担してしまう人間心理がシルバータイタンの脳裏にあったればこそである。
 集団、それも自分で選んだそれでは無く、日常生活で自動的に所属しなくてはならないコミュニティから孤立することを多くの人が恐れる。それは「臆病者め!」との罵声以上に大きなものがある。
 だが、「臆病者と見られたくない。」、「仲間外れになるのは嫌だ。」という理屈は決して免罪符にはならない
 貴方を悪事に誘う仲間など仲間であって仲間ではない。「こんな奴ら仲間なんかじゃない!」と断じて抜ける勇気が必要なのである。嘲笑や仲間外れを恐れて悪事に加担したところで、一時の虚栄心と安堵感が得られるだけで、犯罪者となってしまったことで傷害付きまとうレッテルや、貴方がそうなったことで悲しむ身内や親友の苦難を考えれば、「断る勇気」、「脱却する勇気」を改めて訴えて本作を締めたい。

令和8(2026)年7月8日 特撮房シルバータイタン




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令和八(2026)年七月八日 最終更新