最終規制 AVに求められるもの・応じてはいけないもの

 「異性(人によっては同性)の裸を見たい!」、「SEXしたい!」というのは人間の本能である。正当な夫婦や恋人同士において行われる限りは、余程相手を身体的に傷つけるものでない限り何でもありである。
 だが、臨んだ相手のSEXを初めとする性行為は必ずしも可能な訳では無い。否、余程配偶者にべた惚れという幸せな人を除けば、叶わない願いの方が多いのではないだろうか?

 それ故、ガス抜き・必要悪としてのAVを初めとした成人映画・成人雑誌の存在意義は否定出来ないし、真の意味での売春が撲滅されることもないだろう(売春は別名「人類史上最も古い商売」とも云われている)。
 だが、本能に根差してる故に、個々人の欲望にもろに直結しており、その思考は容易く暴走する。それ故に規制と緩和の匙加減は極めて難しい。勿論万人に共通する丁度いい匙加減など存在しないだろう。
 逆説的かも知れないが、それ故に寛容を忘れずとも、ルール自体は厳格に守られ、ルール違反は厳しく罰すべきとも思っている。云い換えれば、「ルールを守った上で楽しく」が基礎だと思う(笑)。
 そこで、この最終頁では規制と緩和について改めて考察して性行為・性産業の健全な発展(?)を啓発したい。


考察1:規制について
 規制自体は必要である。いくら性欲が本能でも、相手がある問題故、一方の望みを満たす為に相手が傷つくことは許されない。欲望を満たすからこそ、欲望が受け入れられないことが存在し、何をしても良い訳ではないことを浸透させる為にもノー規制は考えられない。
 ただ、守られそうにない規制はするだけ無駄である。規制を列挙すると、

・年齢制限
・性器の露出禁止

 が基本だろう。だが、10代の少年の身体における差異は大きく、中学生でもおっさんみたいな老け顔はいるし、道場主の知り合いに32歳でエロ本を買おうとして身分を証明するものの提示を求められた者もいる。
 となると、完全な年齢制限は不可能な上に、それに便乗して売り上げを失いたくない一心で相手の年齢確認を厳守しない売り手も数多くいるだろう。精神的に未熟故に、興味本位の性欲を暴走させ、性犯罪や望まぬ妊娠といった悲劇を防ぐ為に18歳未満にAVを初めとする成人物の閲覧を禁じるなら、社会が一丸となって禁じ、違反者(特に売り手)は厳しく罰すべきだろう。
 それでなくても、性に関する犯罪や違法行為は、罪悪感が薄く、再犯率も高い。本能に根差し、愛の伴う大切なものだからこそ、何の為に規制されるかが再認識され、違反者には重き罰則が与えられるべきだろう。


考察2:緩和について
 「考察1」と矛盾することを云うようだが、俺自身は18歳未満に対するAVを様々な意味で「規制するだけ無駄」と思っている。
 余程厳格な家庭で、交友関係や趣味に至るまで親から完全監視状態に置かれたお坊ちゃんでない限り、「18歳になるまで、女性の裸を本でも写真でも映像でも見たこと有りません。」なんて者はいないだろう。
 そして性への目覚めは18歳より遥かに早く始まる。個人差はあるが、第二次性徴は早い者では10歳前後で始まる。女性の中には8歳で初潮を迎え、乳房が膨らみ出す者もいるが、性的欲求はもっと早い。
 道場主の馬鹿が初めて陰茎を勃起させたのは4歳のときである。『8時だよ全員集合』を見ていて、途中のCMを見ている時、電卓のコマーシャルで、巨大な電卓の上を金髪でタイトなレザースーツでクロヒョウに扮したお姉さんが四つ這いになっている巨大電卓のキーを押しているのを見て、無性にその腰元にしがみつきたくなり、股間に違和感を覚え、陰茎が勃起していることに気付いた。
 また、幼馴染の弟は6歳の時に、その母と道場主の母が茶を飲んでいるときに、血相を変えて飛び込んできて、「お母さん!お母さん!大変だ!『まいっちんぐマチ子先生』を見ていたら、チンチンがこんなんになってきた!」と云って、勃起した陰茎を見せて来たことがあった(主婦二人が爆笑したのは云うまでもない)。

 ともあれ、対象が対象故に簡単に人前に見せないだけで、性的なものへの興味は幼少時に始まってもおかしくない。まして、生殖可能な体への成長を迎える思春期には禁じれば禁じる程無駄に興味を呷る。
 かといって、思考的にも、身体的にもまだまだ未熟さの残る思春期の若者が欲望のまま性欲に走るのは様々な意味で危険なのも間違いない。故に規制は規制として厳格に定めつつも、段階的な緩和も必要と考える。

 一例を挙げるなら、オーソドックスな内容のAVなら、厳格なルールの下、中学生ぐらいでも見せても良いと思っている。実態を見せ、過度な期待を抱かせない意味では、性器へのモザイクも不要だろう。
 勿論、不倫・近親相姦・強姦・獣姦・SMといったキワモノは、18歳、19歳であっても好ましくないだろう。

考察3:ガス抜きと誘発
 AVとその規制について色々と論じたが、正直、なかなかに難しい問題だと思っている。
 AVや風俗産業が性犯罪を抑制している、ガス抜き的な効果を為しているのは否定出来ない。一方で、興味本位のストーリーで描かれた内容が歪んだ知識や欲望の暴走を植え付け、本当の性犯罪や背徳行為を誘発している面も否定出来ないだろう。
 それ故、一口に「規制」と云っても、何でもかんでも規制するのは考え物だし、丸で規制しない野放しはもっと問題だ。

 詰まる所、多少の自由や、個人としての嗜好は認めつつも、何が不法で、何が不道徳であるかをはっきりさせ、フィクションであることをしっかりと示し、性的嗜好への「自由と権利」、順法に対する「義務と責任」を重んじた上で楽しませることがAV業界に求められることだと思われる。

 難しいことを云っているとは思うが、まだまだAV業界には興味本位の売り上げ増大に走って、その辺りの社会に対する責任を軽視しているように思われてならない。勿論AVや性産業がどうあれ、しっかりとした道徳を守る為の性教育が家庭や学校でしっかりなされることはもっと大切なのだが。
 差し当たって、現行AVには不倫・強姦・近親相姦ものを控え目にし、冒頭には違法と不道徳を明記し、「本来なら許されないこと。」として、ガス抜き的な個人的な楽しみに留めるにした警鐘を怠らないで欲しいものである。


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令和八(2026)年四月五日 最終更新