File8.敢えて考える「侵略者地球人」と制作者背景
令和5(2023)年3月10日現在、地球を侵略した宇宙人も、世界征服に成功した悪の組織も皆無である。しかしながら、天地開闢以来、地球人は地球人同士で散々っぱら血を流し続け、宇宙からは決して見えることのない国境線を敷き、侵略したり、されたりを繰り返してきた。
そしてその侵略を為した為政者の多くはそれが侵略であったことを認めない分、「侵略」を明言している宇宙人や地球外組織よりも質が悪い。
勿論、史実とフィクションを混同出来ないし、比較することに「ナンセンスだ。」と一蹴する人も多いと思われるが、例え加害者側が「あれは侵略だった。」と認めずとも、「侵略された!」と捉える被害者は古今東西枚挙に暇がない。
そんな侵略行為に心を痛めるからこそ、シルバータイタンは本作の締めくくりに、現実・フィクションの双方にて「地球人」が為した侵略の歴史と、それを重視していた特撮制作者への考察を論述したいと思う次第である。
LastFile1.視聴者愕然の「侵略者・地球人」
この考察に外せない作品は『ウルトラセブン』である。「地球は狙われている。」のナレーションを元に同作品には地球を侵略せんとする宇宙人が多数出現し、その割合は歴代作品と比べてもダントツである。
だが、地球人は指を咥えて滅ぼされるのを黙って見ているほどやわではない。File1のゴース星人の例でも示したように、「地球を奪われ、火星の地下都市に移されるぐらいなら死んだ方がマシ」として頑強に抵抗したし、そんな地球を侵略したゴース星人は「空と海の守りは堅い」と見て無防備な地底を主戦場としていた。
かように戦意に溢れた地球人故、時に自力で侵略者を撃退しただけではなく、復讐怪人ザンパ星人を全滅させたこともあった(その残党が報復に出ていたのが第35話)。
もっとも、人類には大軍団を外宇宙にまで派兵するほどの力はなく、地球内或いは地球外周部にて侵略者と戦っているだけの姿を見れば、地球人は「侵さず侵されず」を貫いていることになる。だが、『ウルトラセブン』をじっくり見続ければ、地球人は宇宙に向けて侵略する力を持ち、実際にそれを着手し、それどころから侵略を果たした過去まで持っていることが明記されている。
まずは第26話「超兵器R1号」である。サブタイトルそのものになった超兵器R1号は惑星間弾道ミサイルで、実験においてギエロン星を木端微塵に粉砕した。だが、「生物がいない」と目されて実験場に選ばれたギエロン星にはギエロン星獣がいて、故郷を破壊された怒りと放射能による凶暴化でもってギエロン星獣は報復の為に地球に飛来した。
ウルトラ警備隊も、ウルトラセブンも地球に非があることを自覚しながらも報復敵に滅ぼされる訳にもいかず、苦悩しながらもギエロン星獣を倒さざるを得なかった。
『ウルトラセブン』にあって屈指の重い命題を持つ第26話にて、当初地球人達はR1号の開発成功を喜び、その数十倍の威力を持つR2号の開発にも意欲的だった。その開発には侵略的な意図は全くなく、それどころか「超兵器の存在で宇宙人達も侵略を諦める筈」と捉えていた。
つまりギエロン星獣の報復襲来も、事前の目測が誤ったことによる不幸な事故程度に捕らえていたのだが、モロボシ・ダン(森次浩司)だけは、侵略を防ぐ超兵器が互いの戦力拡大競争を煽る「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」として最初から非難していた。
結局、様々な反省の下、R2号の開発は中止されたのだが、既にR1号の完成を見た時点で、地球人は「ミサイル一発で星を破壊する科学力」を持っていることが確定した訳で、R2号及び後続の超兵器開発は地球人がいつでも侵略者になれることを意味していた。
そして30年の時を経て、『ウルトラセブン1999最終章六部作』第1話にて地球人は侵略的手段に着手した。それは「フレンドシップ計画」と名付けられた防衛戦略だったのだが、「フレンドシップ」とは程遠いどころか、真逆に等しい侵略戦略だった。
その内容は、「地球を攻撃する意図、もしくは可能性を持つ知的生命体に対して先制攻撃を仕掛けることで地球を防衛する」というとんでもないもので、「疑わしきは殺る!」と云っているに等しい暴論で、しかもこれが実際に実行されたのだった…………。
こんな乱暴な方針を勧めたのは同作にて若くして参謀になったカジ(影丸茂樹)だった。彼はフルハシ(毒蝮三太夫)が体調を務めていたときにウルトラ警備隊の隊員だったが、とある宇宙人との戦いで、フルハシと共に撃退に成功したものの、多くの仲間を失い、追撃を命じないフルハシと侵略者に激しい怒りを抱いていた。
「生温い!!生きるか死ぬか!倒すか倒されるか!それがエイリアンとの戦いです!!」とするカジの意見からは「フレンドシップ」の「フ」の字も伺えない。
勿論、この戦略は完全な藪蛇で、ヴァルキューレ星が破壊されたことで、報復に燃える寄生生命体ヴァルキューレ星人や、この計画を恐れた帰化宇宙人キュルウ星人からの攻撃を招くこととなった。
何故、カジはここまでの曲論に走り、フルハシ亡き後のウルトラ警備隊にて受け入れられたのか?
それは「地球人自体が侵略者だった」という驚愕の事実に裏打ちされていたと云える。
それを証明する存在が『ウルトラセブン』第42話「ノンマルトの使者」及び、『ウルトラセブン1999最終章六部作』に登場した地球原人ノンマルトである。そもそも「ノンマルト」とはM78星雲では地球人を示す言葉だった。
つまり、同作品の世界において、ノンマルトは現在地上に暮らす我々人類より先に地球に暮らしていた先住民族で、現人類の方が数万年前に宇宙からやって来てノンマルトを海底に追いやって地上に住み出した侵略者の末裔だったのである。
この「宇宙からの侵略者が先住民ノンマルトを海底に追いやり、地上にて新たな地球人となった」という説は『ウルトラセブン』のみのもので、平成ウルトラセブンシリーズには受け継がれているが、同シリーズは他のウルトラ作品とはパラレルワールドとなっている。
つまり、それだけ「地球人=侵略者」というのはショッキングな設定なのである。
勿論、ノンマルトへの同情が皆無な訳ではない。本当に現地球人が侵略者なら、地球をノンマルトに返し、現人類は先祖の故地に還るか、宇宙放浪に出るのが筋である。もっともそういう訳にはいかないから、現人類はノンマルトに抵抗することになるが、第42話ラストのキリヤマ隊長(中山昭二)の「勝った!海も我々人類のものだ!」の台詞は、「侵略者の開き直り」とも取れるし、どこか罪悪感を振り払おうとしている様にも取れる。
『ウルトラセブン1999最終章六部作』の最終回で、セブンが人類侵略の証拠=Ωファイルを入手しようとウルトラ警備隊の最奥部に入り込んだ際にカジは武力でセブンを倒してでも機密を守らんとし、最後には扉の前で銃を構えて「ここは死んでも通さん!」と叫んで必死に抵抗した。
その間に地球防衛軍本部ではΩファイルを宇宙に向けて公開し、自分達の誠意ある言葉で自分達の今の立場を理解して貰おうとの決断を下した。その際にも会議に参加していたメンバーの一人(野口雅弘)は公開を説くシラガネ・サンシロウ隊長(南条弘二)に、「やめろぉー!そんなことをすれば我々は地球を失うことになるんだぞ!」と叫んで反対し、公開決定時には可哀想なほど愕然としていた。
そして同様に公開決定に愕然としたカジも、命令には従って抵抗を止めたが、「どんな手を使っても地球を守りたかった…。」と云って泣き崩れた。
つまり、隠蔽に隠蔽を重ねていたが、地球人サイドではノンマルトを海底に追ったことを「侵略行為」、「非は我等にあり」と認めていたのである。
そして何より、宇宙全体としては地球人によるノンマルト侵略は悪行とされ、そんな地球人に味方したウルトラセブンも「侵略への加担者」として、M78星雲人としても断罪される行為とみなされ、その罪により、『ウルトラセブン誕生35周年EVOLUTION5部作」冒頭で、馬の首暗黒星雲の闇の中に幽閉される身として登場していた。
結局、ウルトラ警備隊の上位組織である地球防衛軍が病的なまでに異星人を敵視していたのも、「自分達が侵略者であることが基準になっていた」という悲しい視点に端を発していることになる。
現実の世界に生きる我々は、これをフィクションの世界の出来事と笑い飛ばすより、「侵略」という行為が、何十年何百年どころか、何千年何万年にも渡って被害者に屈辱と遺恨を、加害者にも罪悪感と隠蔽を重ねなければならない宿命を背負わせる行為であることを学び取るべきではないか、とシルバータイタンは考える。
LastFile2.消されつつある存在に目を背けるな
特撮作品には数多くの侵略者が存在する。その矛先は作中にて地球に向けられるが、幸い、地球は各作品の主人公とその仲間たちによって守られる。だが、これほど「侵略」が横行する世界だから、当然作中には「滅びた種族」、「滅ぼされる種族」も存在する。
一例を挙げれば、『ウルトラマンレオ』におけるL77星が挙げられる。
サーベル暴君マグマ星人の侵略を受け、レオ・アストラ兄弟以外は全滅し、星自体も宇宙の藻屑と消えた。うちやままもる版の漫画作品では最後の最後にレオの両親も登場したから、L77星人が滅亡したとするのは早計かもしれないが(笑)、レオとアストラだけならいずれはL77星人の純粋な血筋は途絶えることになる。
そのL77星を滅ぼしたマグマ星人の別作品における言動や設定を見ると、それ以前に数多くの星やそこに住まう者達を滅ぼしていたと思われる。
侵略を受けたか否かは不明だが、滅びに直面している星人もいる。
『ウルトラセブン』に登場した宇宙野人ワイルド星人や『ウルトラマンレオ』に登場した怪異宇宙人ケットル星人は老衰した種族で、種族として滅びの道を辿っており、前者はそれを回避する為に地球人の若い生命を盗もうとし(←罪悪感は抱えていた)、後者は若い種族である地球人を逆恨みして通り魔的に殺人を繰り返していた。
だが、とある人種が滅びると云うのはフィクションの世界における宇宙人だけの話ではない。現実の地球上において、様々な種族が滅びた。
さすがにある人種を皆殺しにするような野蛮な滅ぼし方は史上には見当たらない(だけかも知れない)が、土地を奪われたり、それまでになかった伝染病が蔓延したりしたり、侵略者との混血・同化が進んだりで、滅びた人種は多数存在し、同時に今も消えようとしている人種が日本にも存在する。
馬鹿で且つ右寄りな政治家の中には「日本は単一民族」とほざいている奴がいるが、大嘘吐きか、さなくば歴史無知も甚だしい。「大和民族」という言葉が示すように、そもそも現皇室が1500年程前にある程度の勢力を築いたときの勢力範囲は近畿地方を中心とした僅かな範囲で、関東や中国地方・四国地方すら田舎で、東北・九州は蝦夷(えみし)や隼人と呼ばれる異民族の地だった。
鎌倉時代には東北・九州も日本に組み込まれたが、はっきり云って異民族を滅ぼした、或いは吸収したに等しい。戦国時代から江戸時代に及んで蝦夷地・琉球にも支配の手を伸ばし、明治になると蝦夷は北海道、琉球は沖縄とされたが、もうどう云い繕っても侵略の果てにアイヌ民族・琉球民族を滅ぼし、吸収したとしか云い様がない。
民族学的に云っても、日本人は決して単一民族ではなく、どう少なめに見ても大和民族(本州・九州・四国)・琉球民族(沖縄)・アイヌ(北海道・樺太南部)・ウィルタ(樺太北部)・ニヴフ(樺太中部)で構成されている。
某政治家(←名前を出したいが、名誉棄損になる程ボロクソ貶しそうなので伏せます)が、「アイヌ民族なんてもういない。いるとしたらアイヌ系日本人だけ。」と抜かして、税金がアイヌ民族の文化保護の為に使われることを「アイヌ利権」として批判していたが、純粋なアイヌ民族は少ないながらも存在しており、遅きに失したとはいえ、平成18(2006)年に日本政府もアイヌ民族を北海道の先住民族と公式に認定している。
もし、アイヌ民族が本当に存在しないなら、それは間違いなく日本人のせいで、この政治家の発言は必死に生き残ろうとしているアイヌ民族を侮辱しているのは勿論、日本人をも侵略者・殺戮者として遠回しに侮辱していることになる。
話が現実の歴史問題に逸れたが、侵略は世界各地にてほんの百数十年前までさして「悪」と認識されることなく繰り返されてきた。声高には叫ばずとも、「弱きは滅ぶのみ」、「弱肉強食」が人類の根底にあったのだろう。
シルバータイタンも今更何百年も前に滅びた民族の事で滅ぼした民族を責めようとは思わない(それをやったら現状でそれなりに反映しているすべての民族を責めることになるだろう)が、滅ぼされた側の無念を軽んじて良いとは思わないし、今となっては侵略が如何に罪深い行為であるかはしっかり重んじて、繰り返してはならないと思う。
右寄りな連中が大日本帝国の侵略を否定するのも、「侵略=悪」という認識があればこそで、否定したがるだけまだ救いがあるとシルバータイタンは思っている。
自国の戦闘行為を「侵略」と認めるか否かは別として、「侵略」が「悪」との認識は今の世に定着している。それゆえフィクションの世界でも侵略的組織や侵略的宇宙人は武力で迎え撃ち、撃滅する事にも快哉が叫ばれる。
実際に宇宙からの侵略を受ければ例え相手の命を奪うことになっても阻止するのが正しいとシルバータイタンも思うから、快哉を叫んで良いと思う。
だが、そこまで「侵略=悪」とするなら、侵略の歴史及び、それによって人口激減に追いやられ、種族的に、文化的に、滅びようとしている民族から目を背けてはいけないとも考える次第である。
LastFile3.制作者の想いに想いを馳せて
『ウルトラマン』の放映が始まったのは昭和41(1966)年7月17日、『仮面ライダー』の放映が始まったのは昭和46(1971)年4月3日の事だった。そしてこの時点で、沖縄はアメリカ合衆国の支配下にあり、日本への返還は為されていなかった。
当時沖縄出身で当時一世を風靡していた歌手グループのフィンガー5は日本で歌う為にパスポートを必要としていた時代だった。
そんな時代に沖縄から本土にやって来てウルトラシリーズの脚本を手掛けた超有名人物に金城哲夫・上原正三といった人物がいた。
数々の名作を脚本し、ウルトラシリーズを語るにおいて現代にも重い命題を投げ掛ける作品を世に残した。それらの中には差別に絡む重厚な話も多く、挙げればキリがないから一つだけ挙げると『ウルトラマン』第30話「まぼろしの雪山」では、村で差別に苦しむ娘を救わんとして霊魂が怪獣化した伝説怪獣ウーの物語を綴り、当作にて科学特捜隊は「何でもかんでも怪獣呼ばわりして殺してしまう、恐ろしい人たち」との罵倒を浴びせられた。
上原氏も、『ウルトラセブン』に登場したチブル星人や、『帰ってきたウルトラマン』に登場した巨大魚怪獣ムルチの名が琉球語の「頭」・「魚」に由来する等して故郷への想いを載せつつ、『帰ってきたウルトラマン』第33話「怪獣使いと少年」に代表される様な名作にして世に現実にも通じる問題を投げ掛ける作品を書き続けた。
既に両名とも故人で、各作品に対する想いは個々人に委ねるが、名作の背景で両氏が、殊に金城氏が「ウチナーンチュ(沖縄人)でありながらヤマトンチュ(日本人)として仕事をしている。」ということに苦悩していたのは有名である。
逆の見方をすれば、沖縄にて日本とアメリカの両方から武力によって支配下に置かれた琉球人のDNAを持つ両氏が脚本を手掛けたからこそ、特撮界は侵略の恐ろしさを、自らと異なる種族と相対する事の複雑さを重要命題として制作者と視聴者の双方が得ることが出来たと見るのは過言だろうか?
そしてこのことを思わせる事例は令和になっても垣間見られる。
令和元(2019)年放映の『ウルトラマンタイガ』においてである。同作品のヒロインで、吉永アユリさん演じる旭川ピリカの正体は宇宙爆蝕怪獣ウーラーの活動を止めるために対抗手段として宇宙に放ったエオマップ星の科学者が開発した、怪獣の生命活動を停止するデバイスを搭載したアンドロイドの1体として地球に送り込まれたピリカ03であった。
つまり人間ではなく、創造物だったのだが、感情を持つバグが発生したことで破棄され、地球に流れ着き、ゴミ捨て場に倒れていたところをE.G.I.Sの社長佐々木カナ(新山千春)に救われ、「旭川」の姓を名づけられた。
リアルタイムでこの話を見た時、シルバータイタンは、「ピリカなんて名前つけて、カナは案外キラキラネームが好きなのか?」と思っていたが、この文章を綴るほんの数日前に、「ピリカ」の意味を知って、愕然とし、己の無知を恥じた。
数日前に戦国房薩摩守がアイヌ民族の歴史に関する本を読んだことで知ったのだが、「ピリカ」とはアイヌ語で「美しい」を意味する言葉である。そして彼女の姓となった「旭川」は北海道にて札幌に次ぐ都市であるとともに、戦前は「北日本の軍都」と呼ばれ(今も陸上自衛隊駐屯地がある)、同時にアイヌ民族に対する差別問題が戦われた地でもある。
制作者や脚本家に聴いた訳でもないが、「旭川ピリカ」の名前が北海道旭川市及びアイヌ語の「ピリカ」と「偶然に一致しただけ」ということはまず有り得ないだろう。何故に同作のヒロインに「ピリカ」と名付けられたのかは、そう遠くない将来何らかの形で世に呼び掛けるものとして関係者から語られると思われる。
侵略の歴史を直に体験してない身でどこまで当事者達の想いを受け止められるかは分からないが、侵略への怒りは現実にもフィクションにもしっかりと持っておきたいものである。そこに幾ばくかの善意が有ろうとも、所詮侵略は侵略なのである。「結果的に(占領地を)発展させた。」というのは云い訳にならないだろう。
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令和五(2023)年三月一〇日 最終更新