1.ウルトラマンレオ

名前ウルトラマンレオ
地球人名おおとりゲン
出演真夏竜
客演日2006年11月25日
客演時サブタイトル第34話「故郷のない男」
現れた場所黒潮島
使用した技レオキック
来星目的メビウスに地球を託せるかの見極め(の為の格闘)
変身シーン
戦った相手ウルトラマンメビウス、光波宇宙人リフレクト星人
スタイル雲水
テレパシーを送った相手ヒビノ・ミライ
顔を合わせたGUYSメンバーリュウ、ジョージ、テッペイ
言動 テレビ放映で、人間体の俳優が供に搭乗した客演ウルトラマンの第1号はおおとりゲンウルトラマンレオだった。1975年3月28日放映の『ウルトラマンレオ』最終回、「さようならレオ! 太陽への出発」以来、実に31年8ヶ月ぶりの登場と変身だった。

 光線を全て反射し返すボディを持つ光波宇宙人・リフレクト星人(←まんまやな)との戦闘で一敗地に塗れたメビウス=ヒビノ・ミライ (五十嵐隼士)にテレパシー(内容的にはただ自らの元へ来るよう伝える物)を送って黒潮島に呼び寄せたゲンは双子怪獣ブラックギラス・レッドギラスの襲来で海に沈んだ多くの島民を鎮魂する慰霊碑の前で雲水スタイルで半ば喧嘩腰にミライ及び(彼についてきた)リュウ・ジョージ・テッペイを出迎えた。

 光の国を旅立って以来(劇場版を別にすれば)初めて地球人体で再会するウルトラマンの姿に驚くミライゲンは自分との戦いを促す。
 話の見えないリュウ達の前で、彼を紹介しようとしたミライの台詞を先取るように変身したレオは、テッペイの感嘆の声によりその正体がリュウ・ジョージにも知らされた。
 何故にレオと戦わなければならないか合点がいかないミライに対し、「怖いのか?」と挑発するゲンに、そんなゲンの台詞が気に食わないリュウ達は高圧的なゲンを叩きのめせとばかりにミライを督戦した。
 不承不承対峙するメビウスに容赦のない攻撃を加えながら「本気で来ないと死ぬ事になる」と云い放ち、最後にはケットル星人・ベキラ・ババルウ星人・円盤生物ブニョといった強豪怪獣・宇宙人・円盤生物達を葬ってきたレオキックでもってメビウスをノックアウトさせた。

 同じウルトラマンの仲間である筈のメビウスに何故にこんな仕打ちをするのか納得が行かず、ゲンに銃口さえ向けるリュウ達、打ち続く敗残に悔し涙に暮れるミライに、ゲンメビウスの未熟と地球を守る戦いは必ず勝たなければならない戦いであり、それに対する考えの甘さを指摘し、メビウスとその仲間に託す事が出来ないとの考えを告げ、タロウが許した様に自分にも許して欲しければリフレクト星人を倒すよう促し、一着の空手着をミライに投げつけて何処ともなく去って行った。

 その後ゲンミライの特訓とリフレクト星人とのリターンマッチを陰から見守っていたが、メビウスのスピンキックを食らって形勢の不利を悟ったリフレクト星人がガンフェニックスを人質に取ると云う卑劣な手に出るとウルトラマンレオに変身し、ガンフェニックスを害せんとしたリフレクト星人の左手にしがみ付いてハンドスライスで剣を断ち切り、ほぼ同時にガンフェニックスを戒めていた鎖を引き千切ってその危機を救ったメビウスとともにツープラトン攻撃に出る。
 数々の空手技を炸裂させ、最後にはレオキック(過去に登場したどのキックよりも強烈そうな威力を漲らせていた)をメビウスのバーニングメビウススピンキックとともに炸裂させてリフレクト星人のボディに大穴を空けてこれを粉砕した。

 最後はミライに彼とその仲間なら安心して地球を託せるとの意を伝えて黒潮島を去って行った(恐らくは従事中だった任務の為、地球を離れたと思われる)。


注目点 『ウルトラマンレオ』で鬼隊長と化したモロボシ・ダンのウルトラ警備隊隊員時代からの変貌に面食らったファンは多かったそうだが、それと同じ変貌を遂げたかのような、実写版ルパンV世のような微笑みを絶やさなかった筈のおおとりゲンの高圧的・挑発的な態度は、『ウルトラマンレオ』の初期にて度々怪獣や宇宙人に敗れたゲンにイジメとしか思えない特訓をダン隊長から受けたのをミライに施す事で憂さを晴らしたかのようにも見える(笑)………って勿論冗談ですよ!!。
 注目すべきはゲンの「故郷」に対する想いだろう。

 この話のサブタイトルは「故郷のない男」であり、ゲンは生まれ故郷のL77星をサーベル暴君マグマ星人と、星人率いる双子怪獣達に滅ぼされている。前作では「第二の故郷」と云っていた地球はその最終回で「真の故郷」となっており、それを失う事はレオにとって何としても避けたい重大事で、それを防ぐ為には自然、地球防衛に携わる者達に厳しい態度を取らせたのだろう。
 故郷だけでなく、スポーツセンターの仲間・MAC隊員とゲンが失ったものは余りにも多いのだから。

 元がウルトラ兄弟達と血縁がなく、M78星雲人ですらないレオは異色のウルトラマンである。一時は双子の弟アストラとも死に別れたと思われていたため、他のウルトラ兄弟とは比べ物にならない孤独を味わってきたことは想像に難くなく、それゆえにメビウス=ミライに対し、自らが一度は敗れても敗残の身を叱咤して二度目は負けなかった戦いを託し、自らが味わった、仲間と協調できなかったMAC時代初期とMAC全滅の悲哀を味あわせたくないが為にリュウ達にも厳しく出たのだろう。
 ミライに地球を託せないと云いつつ、愛用の空手着を投げ付けた言動の不一致がゲンの本音を語っていた。

 他方、ミライに対してその未熟振りを思い切り扱き下ろしていたゲンだが、元々が決して強かったわけでないことにちゃんと触れられていたのは注目に値する。
 GUYS総監代行ミサキ・ユキ(石川紗彩)が紹介したドキュメントMACの記録から、MAC時代のレオが(恐らくは初期を指したものだろう)怪獣・宇宙人達に初戦で敗れまくっていたことが触れられ、それを乗り切った事がウルトラ兄弟随一の身体能力をもって宇宙平和の任務に就くウルトラマンレオと、(無限=∞の可能性を秘めつつも)ルーキー色が未だ抜け切らず、敗残の身の処し方に迷うミライとその仲間達との格の違いとなって表現されていたのが、ウルトラマンレオが積み重ねてきた見えざる歴史と、メビウスが背負うであろう使命と、双方の重さを如実に表してくれたと云えよう。

 台詞で注目するなら何と云っても、敗北の悔し涙に暮れるミライを一喝した際の、「その顔は何だ!?その眼は!?その涙は何だ!?」だろう。前の週の予告編の時点でダンに云われた台詞そのまんまでやんの(笑)」と思ったのはシルバータイタンだけじゃないと信じたいが(苦笑)、悔し涙に暮れる暇さえ許されない如く、負ける事の許されない指名の厳しさが33年の時を経て名台詞とともにフラッシュバックした。

 33年前、奇怪宇宙人ツルク星人のニ段攻撃に対抗する流れ切りの技をマスターするために滝を斬る修行をダンに課せられたゲンがどうしても滝が斬れず(真夏竜氏回想して曰く、「斬れるわけないですよね…。」)、悔し涙に暮れていてダンの一喝とビンタを受けた。
 事前にツルク星人に撃破され続けるMAC機を見るに見かね、三段攻撃の準備も出来ないままレオに変身して、星人に惨敗したゲンは三段攻撃特訓序盤にダン「自分の命は自分で守らなければならない。だが、その為に多くの人々の命を犠牲にする事は許されない。お前は絶対に勝たなければならないのだ。」と云い聞かされていた。
 そんなダンは自らがマグマ星人に敗れて変身機能を失った為にウルトラマンレオに苦闘を強いている事への自責に常に苦悩していた(だがその姿をゲンに見せる事は殆どなかった)。
 空手着を着て特訓に励むゲンの無表情な佇まいにもそんなダンの心にかつて去来したのと同じ想いが宿っていたと信じる。


惜しむべき点 作品としての『ウルトラマンレオ』を通して見られたゲンが第二の故郷改め、唯一の故郷となった地球を守る為に、いかに厳しい環境下に身を置いていたかと、それをメビウスに託さんとしているかの意を色濃く反映していたのは見事だったが、ウルトラマンレオとして地球の為に戦う日々の背景にあった苦悩を黒潮島関連以外には殆ど触れられていなかったのが残念だった(30分枠での限界もあるのだろうけれど)。

 『ウルトラマンレオ』は作品として、辛い展開の多いものだったので、そんなレオ=おおとりゲンの心の支えで有り、共闘仲間でもあり、兄弟でもあるウルトラセブン=モロボシ・ダンアストラについても全く触れられていなかったのも残念だった。
 今でこそセブンの生存及びその救出過程(ウルトラの母が助けた事になっているのが、本作制作における設定として後付けされた)は明らかだが、『ウルトラマンレオ』の第40話におけるダンの行方不明は長年多くのファンをヤキモキさせ、アストラウルトラマンキングによってマグマ星人から助けられた詳細と、その後如何にして宇宙放浪の日々を送っているか、は未だに謎で、『ウルトラマン80』以前のウルトラシリーズの謎が数多く解かれたりした点をこの回に期待したファンも多いと思われる。ゆえにその点が触れられなかったのは誠に残念である。
 尚、最終回「心からの言葉」で、アストラレオとともに1974年12月13日の『ウルトラマンレオ』第36話「飛べ!レオ兄弟 宇宙基地を救え!」以来、32年3ヶ月2週間ぶりになるウルトラダブルフラッシャーを放って、他のウルトラ兄弟とともに太陽の黒点除去に尽力すると云う見せ場があったが、他のウルトラマン達も同じ役割の為、際立っていたとは云い難い。
 勿論梅田トオル(新井つねひろ)との再会が描かれなかった事もシルバータイタンは残念に思っているが、ウルトラマンシリーズでも、仮面ライダーシリーズでもフルハシ(毒蝮三太夫)や立花藤兵衛(小林昭二)といった僅かな例外を除けば、客演するかつての主人公と、その当時のレギュラーキャラクターが再会するシーンが描かれる事は殆どないのだが。


統括 まずは素顔のウルトラマン再登場の一番手を見事に担ってくれたと思っています。「歴史は繰り返す」を体現してくれたかのような出番でしたが、単なる懐かしさや二番煎じに終始したものではなく、そこに託された重みは今後のウルトラシリーズにも語り継がれて欲しいです。
 30分枠の限界で描き切れなかった事柄は制作陣にも課題として残っているでしょうけれど、それも後々の楽しみでしょう。但し、また30年以上も明けられた日には真夏氏達が現役を保てるか甚だ疑問ですが(苦笑)。



次頁へ
前頁(冒頭)へ戻る
特撮房へ戻る

令和三(2021)年六月一〇日 最終更新