第捌頁 あり得ない超人化は何故起きる?

 歴史漫画や歴史小説、場合によっては史実でさえ、「あり得ない程超人化されている!」、「美化され過ぎ!」、「誇張が酷い!」と思った人物を七人、例によって独断と偏見で選んだ。
 まあ、正史を謳う作はともかく、歴史を基にしたフィクションに関しては、「作者が好きな様に書いた。」としても非難できないし、歴史学的には問題もない。問題があるとすれば、有名作品が必ずしも史実と云う訳では無いことを大人が子供に早めに教えるべきタイミングであろうか。

 まあ、昨今は正史であっても、正史こそプロパガンダ書であることから、すべてを鵜呑みにされることは少なく、長年常識とされたことも一応は疑ってかかられることが多い。勿論、何もかもを疑っていては読み物としてまともに読めなくなるし、どんなにプロパガンダが酷い書でも否定出来ない史実もある。
 そんなことを踏まえつつ史書(及びそれを基にしたフィクション)に目を通していて、「こいつは幾らなんでも優遇され過ぎだ…………。」という人物をピックアップして検証したのが本作だが、個人個人については各頁で検証したので、最後に何故に掛かる誇張・超人化・美化を初めとした、過剰な優遇が生まれるのかを検証して本作を締めたい。


最終検証壱 まずは「好き嫌い」ありき
 何といっても、関心を抱かない者に対しては、興味の無さゆえにその言動を疑いもしなければ、程度を検証もしない。一言で云えば、「どうでも良い。」のである。
 逆に、「好き」と思えば、その実像に迫りたくなり、それが虚像と思えばがっかりする一方で、実像で間違いないとなれば嬉しくなる。また「嫌い」と思った相手も、美点が虚像なら「様あみろ。」と思い、汚点が実像なら「やっぱりな(笑)。」とほくそ笑む。個人的なことを云えば、この戦国房設立時にアップした過去作など、薩摩守の歴史上の人物に対する好き嫌いから始まったものである。

 そして、「好き」と思えば、まず主役、悪くとも主役に関連する重要レギュラーに据えた文章が綴られる。そしてそれが書物となると、主人公はヒーローとなり、基本的に良く書かれる。
 冒頭で例に取り上げた『三国志演義』を鑑みるに、史観・知識はどうあれ、作者の羅漢中は主人公にした劉備が好きだったのだろう。作中、聖人君子・漢朝への忠義の権化・お人好しに描かれる劉備だが、身も蓋も無い云い方をすれば天下を取るに至らず、蜀が三国の中で一番勢力が弱かったことからも彼が決して完全無欠の人物でないのは明らかである。
 確かな史実として劉備は三度も本拠地を失い、公孫?、呂布、曹操、袁紹、劉表、と劉備と行動を共にしながら袂を別った者も多く、彼を裏切った者もいない訳では無い。実際、作中でも呂布は最期の最後に「この大耳野郎こそ一番信用出来ない奴だ!」と痛罵し、劉表の配下にも「劉備は味方した者を裏切り、関わった者は皆没落している。」との陰口を叩かれていた。
 だが、『演義』を通して読む限り、「劉備=聖人君子」はまずブレない。そして劉備の失敗や悪行に対しては、相手の方がもっと悪い(よって、劉備の悪行は止むを得ない)とされたり、劉備に身近な人物の中で少し正確に難の有る張飛(苦笑)辺りに振られたりしている。
 一例を挙げると、冒頭でも触れたことだが、黄巾の乱の後、安熹県の尉となった劉備の元に督郵(査察官)が査察に訪れた際のエピソードがある。『演義』では、督郵が暗に賄賂を求め、劉備がこれを拒んだところ、督郵は劉備の汚職を捏造してその職を奪わんとし、それにブチ切れた張飛が督郵を縛り上げ、木に吊るし、散々棒で叩きのめし、劉備がそれを止めた。
 直後、関羽が「賄賂を払ってまで小役人の地位にしがみつくことはない。」と諭し、三兄弟は督郵を放置プレイにしてその場を去った。

 これが、史実だと半ば異なる。
 まず督郵は公務で安熹県に来ただけで、劉備から賄賂をせしめようとして来た訳では無かった。その督郵に劉備の方が面会を求めたが、それを断られたことで腹を立てた劉備押し入って縛り上げて杖で二〇〇回打ち据えた(←殴り方にもよるが、死んでもおかしくない)と記されている。
 劉備が督郵に面会を求めた目的は諸説あるが、面会を断られただけでいきなり押し込み暴行を働いたのである。詳細が分からないので何とも云えないが、督郵が悪徳役人であると云う証拠がない以上、このことに関して督郵は一方的な被害者で、劉備に非があるとせざるを得ないし、その暴力を自分がやったことにされる張飛に立場に立って考えると堪った者ではない(実際には劉備が殴った史実を重んじてか、アニメ『横山光輝三国志』では劉備も督郵を一発だけ殴っている)。

 人格面でさえこれ程史実とフィクションで人の行動有無、程度を大きく左右する。ましてや能力面、それも派手な描写程受ける漫画・アニメ・映画の世界となると超人化がエスカレートするのは必然なのかもしれない。
 殊に作画方針が大きく反映される漫画は影響が大きい。
 一例を挙げれば、隆慶一郎作品の漫画家における石田三成の例がある。『花の慶次 雲の彼方に』に出て来る三成は当初、豊臣秀吉の威光を笠に着て前田慶次に無理難題を吹っ掛ける「嫌な奴」でその人相はこす狡そうに描かれ、慶次の膂力にすぐに腰を抜かし、慶次にからかわれる度にみっともない程狼狽していた。
 だが、慶次の莫逆盟友・直江兼続と友人関係にあったためか、徐々にカッコ良くなり、慶次によってある種の悟りを得た際にはかなり沈着な人物に描かれた。そして、その後に掲載された『影武者徳川家康』では第二の主人公とも云える島左近の主君にして、彼に尊敬される人物であったことから『慶次』とは丸で別人だった(笑)。

 超人化とは少し話が逸れた上に、冗長となったが、まずは好き嫌いによる影響が万事に及ぶことを御了承頂ければ幸いである。


最終検証弐 「憧れのヒーロー=超人化される」との図式
 軍記物、講談、歴史小説において武器を手に快男児的活躍をする主人公は「憧れのヒーロー」である。そしてヒーローが馬鹿や惰弱者ではお話にならない
 本作で採り上げた人物の中でも聖徳太子の超人振りは云うに及ばずで、源義経も小弓取戻しや八艘飛びと云った、超人的身体能力を見せている。さすがに全くの無能者や人格破綻者が主人公にされたりもしないので、聖徳太子義経が有能だったのを認めない訳では無い。が、主人公特権的に有能性を認めて尚、相当の誇張が盛り込まれたのは否めない。

 それは取りも直さず、「格差」が求められるからだろう。能力的にも、時として人格的にも。
 人は時代時代においてヒーローを求める。それは軍記物感じ入った鎌倉時代も、講談に喝采を叫んだ江戸時代も、銀幕に展開される殺陣を楽しみ出した大正・昭和も、そして特撮ヒーローに歓声を送る昭和・平成・令和も同様である。
 暴れん坊将軍や助さん・格さんが何十人もの木端侍・雑兵・ゴロツキに囲まれて教われようとも決して後れを取らないように、仮面ライダーやスーパー戦隊が戦闘員に遅れを取ることは間違っても無い。そして掛かるシーンで展開される殺陣は常識での勝算を無視する。助さん・格さんを従え、相手の不意打ちに備えて風車の弥七やかげろうお銀、柘植の飛猿を控えさせている水戸の御老公ならともかく、悪の巣窟に単身乗り込む桃太郎侍など、「火縄銃一〇丁ばかり擁した敵に包囲されたら絶対勝てんだろうが!」と何度も思った(笑)。否、刀や槍を持った数十人に包囲されただけで相当な達人でも刀一本では勝ち目はない。

 同時に、時代を遡る程、ヒーローにはかなりの完全無欠さが求められたことにも留意する必要がある。昭和四〇年代のヒーローは些細な過失も「ヒーローにはあり得ない!」として非難材料となり、優しささえ「軟弱!」とされかねなかった。
 例えば、『ウルトラマン』にてハヤタ(黒部進)がウルトラマンに変身せんとして、ベータカプセルと間違えてカレーのスプーンを掲げたと云う有名な話がある。結果的にこれは「ヒーローの人間臭さ・親しみ易さ」として肯定的に世に受け入れられたが、放映されるまで制作陣内では大きな反発が起こり、脚本家は首になりかけた。
 また、『仮面ライダー』でも本郷猛(藤岡弘)が子犬を可愛がるシーンが、内部にて「ヒーローが軟弱で良いのか?」との声が出たことがあった。これまた現代では全然普通に受け入れられている話だが、昭和中期でさえヒーローに過失が認められず、優しさが軟弱視されることがあったのだから、それ以前時代では何をかいわんやである。

 話を戻すが、そんな常識を無視して、とんでもない逆境をものともせず、その能力で次々と邪魔する者を薙ぎ倒すヒーローの姿は多くの者が憧れるし、常識的に考えて無理だからこそそれを為し得るヒーロー像を作り出してしまうのが人間の性とも云える。
 いくら特定の人物が好きだからと云って、壇ノ浦の戦いに平家が滅びたり、徳川家康が関ヶ原の戦い大坂の陣を経て天下を取ったりした史実を覆せるわけではない。いくら旧大日本帝国陸海軍が好きだったとしても、太平洋戦争を「アメリカ合衆国が無条件降伏をして、大日本帝国の勝利に終わった。」とは書けないだろう(書くだけなら出来なくはないが、読みものとして世に通用しないだろう)。
 ただ、歴史は一つの人間で綴られる訳では無い。同時に戦争の勝敗もたった一人の人間の能力だけで決まるのは極めて稀である。逆を云えば、例え敗者の側にいた者でも気にった人物を超人的に描き、局地的な成功をクローズアップして描き、最終的な敗北は「部下が無能だった!」、「仲間が頼りにならなかった!」、「せっかくの上策を主君が取り上げなかった!」、「敵が卑怯な手を使ったからだ!」として責任転嫁することでヒーロー像を保つことは可能である(まあさすがに『平家物語』で源行家、『信長公記』で佐久間盛信を英雄にするような記述は無理があると思うが)。

 余りの誇張に眉を顰めざるを得ないのはままあるにしても、贔屓にする歴史上の人物が英雄視の果てにある程度超人化されるのは必然なのかもしれない。人間に「憧れ」と云う感情があり、それを投影させる対象を求める気持ちがある限り。


最終検証参 実像と虚像にどう向き合うか
 本作を通じて、余りの超人化、特定の人物に対する過剰な優遇記述が史書・軍記物・歴史小説にて為されることに眉を顰める旨を列記した。だが、薩摩守は何も誇張した記や伝を残した者達を嘘つき呼ばわりしたり、誇張の度合いを責めたりしたい訳では無い。誇張や必要以上の美化に読み手や、歴史の真実を考察する身としてこちらが惑わされなければいいのである。

 さすがにこれ程情報化され、多様な価値観が語られ、それなりの教育が行き届いた現代にあって、史書・軍記物・歴史小説における人物像を丸々鵜呑みにする人間は極少と思われる。同時に、本当に歴史が好きで、ある人物に強い関心があれば周囲がどうあれ自発的に実像を求める。本作を閲覧頂いた方々も、何も「史書や軍記物に誇張があるなんて!!」と驚きながら閲覧を開始された訳では無いだろう(笑)。

 そして歴史の実像と虚像、その相違を知ったとき、我々は時に得心し、時にがっかりし、時に新たな考察を巡らす。個人的な思い出を語れば、最初に『三国志』(横山光輝版)を読んだとき、一押しの豪傑は馬超だったが、様々な関連書物を読み、実像に迫った今は昔ほど好きではなく、智謀や性格には難があるとさえ思っている(嫌いになった訳では無いのだがね)。
 織田信長や徳川家康を主人公に据えた小説やドラマがメインだった少年期には武田勝頼を「考えの足りない猪武者」、石田三成を「小生意気な秀吉の腰巾着」、柴田勝家を「武勇に奢った高飛車野郎」と見ていた。それなりに彼等の実像に迫ったことのある方々なら、少年の頃の道場主が如何に偏見に満ちていたかが見て取れることと思う(苦笑)。

 そして五十路過ぎの今、歴史上の人物に関する様々な書物、TV番組、サイトを見て来て、より正確な人物像を捕え、向き合う為に肝要だと思うのは、「好き嫌いをはっきりさせること」と思っている。
 この「好き嫌い」は、読み手である自分自身のそれと、書き手である筆者のそれ、双方に対してである。
 云うまでも無く、書き手は好きな人物をカッコよく書き、それに敵対した者はカッコ悪く書かれがちとなる。同時に読み手としては、好きな人物がカッコ悪く書かれていれば気に食わなさから作者・作品を過小評価しがちになる。
 勿論逆のことも云える。好きな人物がカッコよく描かれ、嫌いな人物がカッコ悪く描かれていれば、その作品を気に入り、作者の意見、作品の展開を(自己に都合よく)「史実である」と捉えかねない。

 個人的な例を出せば、『花の慶次 雲の彼方に』にはかなり考えさせられた。
 同作に出て来る直江兼続や奥村永富は本当にカッコ良く、人物的にも好感が抱かれ、上杉景勝や兼続を考察する時には真っ先に同作における人物像が思い浮かぶ。
 一方で、同作にも気に食わないシーンも二つある。その一つに、前田慶次が巨槍を一閃した瞬間、数人もの雑兵が胴から真っ二つにされるシーンがある。力学的に考えても槍の一閃で甲冑を着込んだ人体を真っ二つにする等、超人的な能力加えて余程タイミングが合わなければ一人に対してさえ覚束ない。それを一度に一〇人前後に対してなんて、絶対不可能である。
 現実離れが過ぎることが気に入らないのもそうだが、それ以上に数人もの人間の命が塵芥の如く失わるのが気に入らない。勿論戦場においては(戦の規模にもよるが)何千何万のもの命が一日で失われることもあるし、核兵器が用いられれば何十万何百万もの命が一瞬で失われることもあり得る。「薩摩守の感傷」と云われればそれまでだが、どの人間にも生まれてからその日まで生きてきた時間と、育ててくれた人がいる。一人一人が想いと周囲との交流をもって生きている時間が瞬時に失われるシーンはその人物の立場に立つと実に心苦しい。
 だが、こんなこと云っていても、展開やシーンによってはヒーローが雑魚敵を千切っては投げ、千切っては投げするシーンに薩摩守が快哉を叫んだ記憶が無い訳では無い。相手が完膚なきまでの悪の構成員(つまりは凶悪集団の手先)で、フィクションと割り切る分には楽しんでいると云って良いぐらいである。正直身勝手だな(苦笑)

 もう一つ気に入らないのは、慶次の強さに「努力」が全くないことである。
 余りの強さに驚いた者からどんな訓練を積んだのか?と問われた際には「虎が訓練するかね?」と云い放ち、伊達小次郎(政宗弟)に恫喝された時は小次郎の用心棒に「虎が何故強いか分かるか?元々強いからよ。お主は元々が弱いからそんな凶相になるまで訓練を積まねばならんのだ。」といって、慶次以上の巨漢であるその侍に刀を抜く隙すら許さず一刀両断にした。
 正直、幼少の頃から身体能力で周囲の人々に大幅に劣り、それでも男としてある程度の強さは持ちたくて空手や剣道に励んできて、結局武やスポーツにおいて然るべき成果を挙げられなかった身としては頭にくる台詞だった。同作における慶次の台詞を鵜呑みにすれば、弱く生まれた者は何をやっても無駄で、逆に強く生まれた者は努力もせずにその強さで好き勝手に振舞えると云われたに等しく、「へーへー!そりゃ努力せずに損だけ最初から強けりゃ、傾奇者でもなんでも好きな様に生きられるわな!」と漫画を手に愚痴り、怒鳴った記憶がある。

 勿論、その根底にあるのは薩摩守の嫉妬である(苦笑)。こんな調子だから、薩摩守は『花の慶次 雲の彼方に』を愛読し、場面場面では慶次の生き様・男伊達振りに快哉を叫びつつ、自らには到底及ばないどころか常識外れた「強さ」に反発し、嫉妬した。
 つまりところ、人物・作風に対して、「好き」と思うところも、「嫌い」と思うところもあるからで、それ等に対してフィクションを読むつもりではなく、一人の人間と人間で相対して読んで来たから共感も反発も大きかったと捉えている。つまりは「本気」で読んでいるからである。勿論今後も史書や歴史小説、漫画を「本気」で読んでいくつもりである。
 そして自分の好き嫌い、作者の好き嫌いにしっかり向き合い、好き嫌いが生む誇張に惑わされない見方をすることで、優遇され過ぎている人物も、逆に不当に貶められている人物も正しく見据えたいと思う次第である。


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令和七(2025)年六月二二日 最終更新