第捌頁 使者に悲劇を起こさない為に
敵対する両国または両勢力にあって、某かの交渉を担う為使者に発ち、悲惨な想いをした七つの例を採り上げた。ある者は使者に出向いたその場で危害を加えられ、ある者は交渉失敗により出世の術を失い、ある者は敵方に内通したと疑われた。
勿論、本作はタイトル通り悲惨な目に遭った例を採り上げたものなので、上手く行ったことで出世したり、周囲の尊敬を集めたり、褒章に授かった例も多い。悲惨な目に遭った例も本作で採り上げたものがすべてではない(と云うか、すべて取り上げたら膨大な量になる)。人間と人間、国と国との交渉故、成否があるのが当たり前で、単に「敵地に赴く。」というだけで(時代的にも)完全なノー・リスクはあり得なかったことだろう。
個人的に考えさせられるのは、使者に発った者の器量や能力で成否が左右された例ならともかく、個人の力量ではどうにもならなかったケースである。これはもう運不運でしかない。本作で採り上げた中でも、杜世忠、黒田如水、陣僧等は、相手方の意志が決まっており、能力の有無など関係なく、使者として到着した時点で酷い目に遭うのが決定していたと云って良い。
それでも命を落とさなかっただけ如水や陣僧はまだマシだったかも知れないが、各々の頁で触れた様に、充分酷い目に遭っている。
歴史の結果を知る後世の我々が結果だけを見て成功・不成功を無責任に断じるのは簡単な話である。それでなくても今日の学説・史実が明日明後日には「近年の研究では……」で異説に曝され、その信頼が容易に揺らぎかねない昨今である。悲惨な例程、詳細に検証し、後世に活かすべきであろう。
さすがに現代の世では、敵国に使者に発ったからと云っていきなり殺されたりすることは殆んどない(相手が殲滅主義的なテロリストなら分からんが)し、そんなことをすれば殺害した側はかなりの非難に曝される。
だが、交渉に失敗することで「敵国に通じた!」との誹りを受けるケースはあり、その後の出世に大きく悪影響するケースは外交のみならず、ビジネスでも、司法でもあり得る話で、最悪は使者から戻った後に命を狙われるケースすらある。
そこでこの最終頁では、「使者の悲劇」が如何にして起こり、それをどう正しく見て、事後に備えるかが如何に大切かを検証したい。歴史の教訓が活かされてこそ、使者として悲惨な目に遭った歴史上の人物達も少しは報われ、浮かばれはしまいか?と思えばこそ。
考察壱 「聞く耳持たず」を相手にする不運
『三国志』で有名な名軍使・諸葛亮(諸葛孔明)も、北伐にあって陣を固め、如何なる挑発にも応じない司馬懿(司馬仲達)を前に、「動かない相手には施す術がない……。」とこぼすことが度々あった。
籠城戦にも云えることだが、個人間における武闘にあってさえ、がっちり守りを固めて、「動かざること山の如く」である相手を打ち負かすのは、相当な力量差があっても容易ではない。
そして戦同様、交渉も一種の戦である以上、如何に相手を云い負かすか、如何に相手を説き伏せるかの戦いになる訳だが、使者に発った者にとって、「聞く耳持たず。」で凝り固まっている相手は説得のしようがない、どうしようもない手合いとなる。
ここまでの各頁を閲覧頂いた方々には一目瞭然だと思われるが、本作で採り上げた者達の中でも、杜世忠は「為す術無く殺された。」と云っても過言ではない。高遠城の仁科(武田)盛信への降伏勧告に向かった陣僧も、鼻・耳を切られに行ったようなものだった。
これが織田信長への信康事件釈明を担った酒井忠次のケースだと、展開やタイミング、対人関係によってはどう転んだか分からない。まして信康事件は、信康切腹を命じたのが家康の意志によるものであれば、本作で採り上げたこと自体が意味を成さない。
話が横道に逸れたが、使者としての失敗や災難には個人の力量不足もあるが、「端から誰が行っても無理!」というケースも決して少なくない。現代社会でも、政治や外交上の使者ならずとも、ビジネスの世界で「聞く耳持たず」の相手に為す術無く、敗北感や脱力感に打ちひしがれた経験を持つ方々は星の数ほど存在するだろう。
道場主も過去に訪問販売で、「営業マン」と見られた瞬間に全く話を聞いて貰えず、「帰れ!」と怒鳴られたり、電話をガチャ切りされたりしたことは数限りなくある。また契約にキャンセルを申し出る相手にいくら理や利を尽くして説得を試みても、それが覆った例は殆んどなかった。
商売だけではない。とある企業で面接官を行ったこともあったが、面接の途中や直後に辞退を申し出た者が数多く現れた(←正直、とんでもないブラック企業で、彼等の選択は正しいと今では思っている)が、「ここで就職したくない!」と感じていた段階で彼等がこちらの説得に聞く耳を持つことは極めて稀だった。
そして単純な対人関係でも、相手が「聞く耳持たず。」に陥って、どうにもならない想いをする例は数多い。道場主は過去にいじめに遭った際に、「正論を尽くせば通じる。」と思っていたから、いじめっ子の害意に正当性がないことや、こちらの云い分を何度も伝えたが、「生意気」、「気に食わない。」、「むしゃくしゃする。」、「こいつは弱い。」と捉え、鬱憤晴らし的に危害を加えてくる連中に何を云っても無駄で、職員室に駆け込んだ方が手っ取り早かった。勿論いじめを受けた道場主にも非や落ち度はあったが、相手に道場主に危害を加えて良い理由にはならず、幸い先生方が親身になって下さったこともあって、連中は教職員の怒りに恐れを為した。
頭に来るのは、理屈の通じないガキならともかく、ちゃんと話し合える年齢に達しながら、感情や悪意でこちらの云い分に聞く耳を持たない輩である。正確には「聞いてやる。」という体裁は取るが、全く聞いていないケースである。
道場主に限った話ではないと思うが、対人関係で「聞いている様で聞いていない」という相手に憤りを覚えた経験をお持ちの方は多いことだろう。
プライバシーが絡むので余り詳しく書けないが、道場主は両親、会社の上司、好意を伝えた女性、と決して敵ではない、こちらが好意を抱いている相手ですら時には聞く耳を持ってもらえない目に度々遭った。
これは偏見で云っているのではない、例え相手が受け入れない内容でも、こちらの云い分をちゃんと相手が聴いていれば次に話すときには絶対に口にしないであろうことを彼及び彼女等は平然と何度も口にしてきたのである。そのとき、道場主は「この間、聞いている振りをしただけで、初めから聞いていなかったんだ……。」と思い、凄まじい虚しさと無力感に打ちひしがれた。
家族や会社と云った仲間内にあってさえ、そんなことがある。織田信雄の三家老も、片桐且元も、交渉に失敗した者だが、不運だったのは交渉相手のみならず、味方にすら信用されない立場に追いやられていたことにあった。
仲間の信用を失ったことを「落ち度」と切り捨てるのは簡単だが、羽柴秀吉や徳川家康と云った歴史上稀有な老獪者の謀略に簡単に引っ掛かって頼りになる家臣を疑った織田信雄や豊臣秀頼とその家中を想うと、時に「悪い主君を持ったな。」とも思うし、時に「相手が悪かったな。」とも思う。
いずれにせよ、且元も三家老も、「聞く耳持たず。」を相手にした時点で不運だったのは間違いないだろう。
考察弐 話が通じるか否かの事前情報が肝要
嫌な云い方になるが、「何を云っても無駄。」という相手は存在する。個人をそう決め付けることに否定的な方でも、「「今は何を云っても無駄。」という時もある。」と云えば、多くの方が御理解頂けるのではなかろうか?
繰り返しになるが、「結論ありき」、「聞く耳持たず」の者といくら話し合っても話は平行線で、時間の無駄でしかない。一例を挙げると、「死刑存置・廃止論争」、「南京大虐殺論争」等は極論を唱える輩程、「結論ありき」で反対意見に一切耳を貸さず、どんなに明確な証拠、一点の隙も無い正論を持ち出しても、揚げ足取って難癖付けるか、「でっち上げだ!」と云って、虚偽と決め付ける。何せ、「相手に云い負かされまい。」と身構えているのだから、事の是非や理非など関係なく、「云い負かされまい。」、「云い負かそう。」で凝り固まり、相手の云い分など聞いている体裁を取るだけで一切聞いていないのだから、まとまる話もまとまらない。
論争だけではない。現アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプは自分の耳に心地悪いニュースや、反論は「フェイクだ!」、「馬鹿げている!」、「気が狂っている!」と云ってまともに取り合わない。世界最大国の大統領故に世界に与える影響が大き過ぎるが、会社社長を初めとする一個人にもかかる人物はごまんと存在する。
残念ながら何を云っても無駄である。時間の無駄でしかないし、感情的になればなる程相手は事の是非ではなく自分の感情ですべてを判断し、悪意が増すばかりである。百歩譲って、何か大きな出来事があり、相手の考えや人生観が大きく変わるような局面があればそれまで聴く耳持たない相手が、説得に応じてくれることはあるかも知れないが、凝り固まっている内は無理である。分かりにくければ、暴徒化した群衆を想像して欲しい。まず理屈なんて通用しない。
勿論世の中には例外もある。時に金銭をチラつかせ、時に徹底抗戦の構えを見せ、時に土豪の力を借り、時に相手方の蜂起を義挙と褒め、時にそれまでの悪政を織田信長のせいにして(苦笑)、で暴徒化した落ち武者狩りを巧みに回避した伊賀越え時の徳川家康主従は本当に見事だったと思っている(逆に余りに見事逃げたから、穴山梅雪の斬り死にや、本能寺の変そのものを家康の謀略と見る説があるのかも知れない)。
こうなると外交に限らず大切なのは、交渉に赴く前に「そもそも話し合いの通じる相手か否か?」が肝要と云える。勿論薩摩守が云うまでもなく、誰しもが論としては先刻承知の話だろう。
降伏勧告であれ、和睦交渉であれ、罰則回避であれ、停戦協議であれ、こちらの云い分を相手に呑ませたいとなるとそれは一種の戦いで、戦いに勝つ為には相手のことを少しでも知っておくに越したことはない。有名な「彼を知り、己を知れば……(以下略)。」であろう。
それ故、時には「相手は聞く耳を持たないかも知れない。」と思いつつも、「こういうふうに説得すれば或いは変わるのでは?」と考えたり、「交渉自体は成立せずとも、こちらの理はきちんと伝えるべき!」と考えたり、「戦闘態勢が整うまでの時間稼ぎ」と考えたりして、結果失敗してしまったケースもあろう。
ただ、それならそうで、相手がどの程度の分からず屋なのかを把握した上で、失敗率の高い任務に派した使者に対し、失敗を理由に帰還後に冷遇する事だけはやって欲しくないものである。人として。
考察参 それでも交渉しなくてはいけないときの為に
いくら「話し合いが通じない!」からと云って、交渉しない訳にはいかない相手・局面は間違いなく存在する。個人が相手なら、「関わり合いにならない。」という選択肢も「あり」だが、外交はそうはいかない。
例えば、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が「拉致問題は解決済み。」と強弁しても、「ああはいそうですか。」という訳にはいかないし、国交がないからと云って、この問題に取り組まない訳にはいかない。
勿論、この交渉が如何に困難かは政治・外交の素人である薩摩守でも分かる。北朝鮮の外交関係者がいくら内心では「早く拉致した者達を返して日本からの敵意を逸らして米韓に備えた方が良いのに………。」と思っていても、独断で「じゃあ改めて拉致問題について話し合いましょう。」などと口にしたら文字通り命に関わる。
また、「拉致の可能性が有る」とされる方々数百名全員が拉致被害者とは考え難い(実際に後から無関係だったと判明したケースもある)し、中には口封じされる等して、長過ぎた時の流れでもう事故や天寿の為にこの世にはいない拉致被害者が存在しても全く不思議ではなく、「全員が生きて帰る。」はほぼ絶望的であろう(被害者の御家族の方々には酷い話だが…………)。
だが、だからと云って、「じゃあ、拉致問題はもう終わったものとして国交正常化について話し合いましょう。」という訳にはいかない。少なくとも現時点生存者全員の帰国と、納得出来る人数規模の明確な死亡の証拠が提示されない限り、この問題について日本側から「解決」を口には出来ない。
とはいえ、令和八(2026)年六月六日現在の北朝鮮が、これらの日本側からの要求を認め、受け入れるとはとても思えない。歴代総理大臣の中には「私の代で終わらる!」と頼もしい台詞を口にするも、具体的な見通しを口にした者はついぞ見当たらない……。
今出来ることとすれば、拉致ということが如何に人道的に許されない行為であるかを間断なく訴え、北朝鮮が悪政の果てに国家的な破綻を来したときに、道義的な責任を前政権に着せ、他の拉致被害国と共に救済・支援を引き換えに上記の要求を間違いなく履行させることぐらいだろうか?
同様の厄介な例として、北方領土問題がある。
正直、ウクライナ侵攻が始まる前ならともかく、今のプーチンが聴く耳を持つとは思えない。だが日ソ共同宣言による、「平和条約締結時に歯舞群島・色丹島を返還する」との合意は今も死んでいない。これを言質に声を挙げ続けることは必要である。
確かに現状では八方塞がりだが、それでも日ソ共同宣言時や、ソビエト崩壊時、ゴルバチョフ・エリツィン・プーチン来日時には脈の有る局面もあった。はっきり云って、一島も帰ってきていないのは余りにも日本がアメリカに対して弱過ぎたからに他ならない(ロシアが、「北方領土を変換したら、そこに米軍基地を作らないと約束出来るか?」と問われた時、時の外交関係者は何も云えなかった)。
だが、人はいつまでも同じではないし、問題ある体制は必ず破綻する。話し合いの通じない相手でも、話し合いに対する姿勢は見せ、こちらの正論は常に主張し続けるべきだろう。
そして令和八年(2026)年六月六日現在、日本の政治家にとっても、世界の多くの政治家にとっても実に厄介な奴が存在する。上述したドナルド・トランプである。謙虚さの欠片もなく、手柄はすべて自分のもので、都合の悪い話はすべて「フェイクだ!」で、自己顕示欲の塊で、「戦争を防ぎ、ノーベル平和賞に相応しい!」と叫びつつ、テメーで戦争を起こしている…………。記念紙幣に画像を載せ、施設に自分の名前を冠し、その内ラシュモア山に自分の像を加えかねない…………はっきり云って、奴の自己顕示欲には思い切り不快の念を抱いている。何せ道場主自身、自己顕示欲の塊なので、自己顕示欲の強い人物には物凄く不快の念を催す。まあ、同族嫌悪である(苦笑)。
世界の国々に対して、「〇〇人は素晴らしい!私程〇〇人を愛している者はいない!」と口では云うが、内実は思い切り見下している。臍を曲げればすぐに「関税だ!」と叫ぶ。
勿論こんな奴相手にいくら正論を並べ立てても、臍を曲げさせては大変だから、立てるべきを立てなければならないのはトランプに限らず、アメリカ大統領と相対するのに必須なのかもしれない。
正直、トランプと付き合わなければならないすべての政治家に(敵味方関係なく)同情する。が、それを差し引いても歓迎された戦艦上で飛び跳ねたり、「世界に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」と宣ったり、といった高市早苗の言動は「媚び過ぎ」で、恐らく世界の国々が、「日本はどんな暴虐者が大統領になってもアメリカを批判しないんだ………。」と失望したことだろう。
トランプは全くもって腫れものである。正論が通じないのを承知の上で、怒らせることなく、令和一〇(2028)年の大統領選挙で、(一応三選は合衆国憲法違反だが、それでも出馬しかねない)トランプや、そのシンパが大統領となることをアメリカ人達が選ばないことを信じるしかないのが現状だろう。ま、その前に今年(令和八年)の中間選挙だが、様々な意味でどうなることだろう?(トランプが敗色濃厚を察して中止する事や、敗北しても「不正があった!」と抜かす可能性が高い)
だが、政治家にも、有権者にも諦めないで欲しい。同時に、物事を正しく見て欲しい。
日露戦争を終わらせる為、ポーツマス講和会議に臨んだ小村寿太郎は、日本を発つ際に港で万歳を叫ぶ群衆を見て、「帰国した時には罵声に変わっているでしょうね。」と呟いた。これに対して伊藤博文は「例えどんなことになっても君を迎えに来る。」と云って、小村を送り出した。
周知の通り、日露戦争は戦闘においては旅順陥落、奉天会戦勝利、日本海海戦大勝利、と苦戦しながらも勝利を重ね、樺太も占領下においていた。だが、戦費・資材面で既にこれ以上の継戦は不可能だった。しかしその内実は国民には伝わっていなかったので、国民は戦争に完勝したと思っていて、日清戦争における下関条約以上の賠償金と領土の獲得が為されるのを当然と思っていた。
だが、実態は甘くなかった。ロシア帝国側は「戦争に負けた訳では無い!」として、領土割譲と賠償金支払いを断固として拒んだ。日本側の提案ですんなり通ったのは「韓国の保護権獲得」だけだった。
結局、難交渉と、アメリカ大統領ルーズベルトの仲介を経て、樺太の南半分割譲、ロシア領日本海沿岸の漁業権、満州鉄道と遼東半島の租借を得たのみで、賠償金は一円も取れなかった。
勿論内情を知る政府首脳は「やむ無し。」とし、ポーツマス講和条約は調印されたが、内情を知らない日本国民は条約内容に激怒し、日比谷焼き討ち事件を初めとする暴動が各地で起きた。
話せば長くなるが、ロシア帝国が負けを認めていない状態で、この条約はまだ頑張った方だと薩摩守は見ている。だが、「圧勝している!」と思っていた者にとっては、この条約は「何て弱腰な!」と思ったことだろう。
実際、帰国時、小村は家族に港まで迎えに来ないよう伝え、横浜港には先に宣言した通り、伊藤博文が出迎えて小村を慰労した。そして総理大臣桂太郎と海軍大臣山本権兵衛が小村の両脇に立ち、いざというときは一緒に爆弾で吹き飛ばされることを覚悟の上で小村を護衛した。
長くなったが、この一例をもってしても、話し合いの通じない相手、妥協の見込めない事柄でも交渉を行わざるを得ない局面があり、正確な情報が伝わっていないと、成功した交渉ですら大ブーイングを受ける。まして失敗した交渉となれば尚更だろう。
正直、小村寿太郎も、伊藤博文も、桂太郎も好きな人物じゃないし、日露戦争の大義自体納得していないが、それでも当時の政治家として最善を尽くした方だとは思っている。
今後も外交に限らず、厄介な相手との交渉と、それに立たざるを得ない可哀想な使者は存在し続けるだろう。だが、最善を尽くした者を白眼視せず、例え通じなくても訴えるべき正論は訴え続けることを応援したい。
まあ、その為には然るべき情報を正しく把握する必要があるのだが。
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令和八(2026)年六月六日 最終更新