最終頁 「毒親の子」、必ずしも「毒人物」ならず
第壱頁の鳥羽天皇から、第捌頁の徳川秀忠まで、八名の「毒親」を採り上げた。勿論人選は例によって独断と偏見である(苦笑)。本作完成前に菜根道場BBSで鳥羽天皇や北条時政や武田信虎を「毒親と思わない。」という書き込みを頂いたほどである(苦笑)。
勿論かかる反論があるのは全くの想定範囲内である。世間一般の親子関係にも云えることだが、子は決して親の思う様には育たないし、子にとって全く「毒」の無い親は皆無に近い。同時に、子供の立場で「毒」だと思っても、それはその子供の都合で、世間一般的な目では「何処が「毒親」だ?良い親じゃないか。」と云われるケースもあるだろう。
当然、逆もまた然りである。親が「躾け」と称して行う行為が「虐待」で、誰がどう見ても「毒親」としか云えない人物はごまんと存在する。
他方、「毒親」として取り上げたからと云って、「毒人物」とは限らない。何かに物凄く秀でた人間が別の何かで著しく劣っているのはよくある話で、一芸に秀でた人間が子育てで極度に難が有れば、「○〇としては最高でも、親としては最低。」として、「毒親」と呼ばれることだろう。
万事に優れた人間が皆無に近い様に、万事に劣った人間もまた皆無に近い。だが、それにしても理由や実態がどうあれ、本来最も身近で、敬愛すべき親に「毒」を感じるのは親子双方にとって悲しい話である。
そこでこの最終頁では「毒親」の歴史を通じて、「毒」とどう向き合うかを考察して未来への糧としたい。
最終考察壱 「毒」を「薬」に。
幼児に酷い暴力を振るい、命にかかわる大怪我をさせた虐待親が、虐待を否認する際に口にするのが、「躾けだった!」という台詞である。個人的に親に殴られた記憶は数多くあり、殴られていたその時は(生来の臆病さもあって)只々恐怖でしかなかったが、後々振り返ると「怪我はさせない。」という配慮があり、痛みを与えられたことで人の痛みを想えるようになった面もあるので、親を怨んではいないし、(詳細は割愛するが)学校等の教育現場でも少々の体罰は必要な面があると思っている。「毒」も使い様では「薬」にもなる。
実際、日頃の言動の良くない人物が、自業自得的に痛い目に遭うと周囲の人々は「良い薬だ。」ということがある。勿論この匙加減を間違えると「毒」になる。
数々の虐待のニュースを耳目にし、「躾だった!」と抗弁する親に、「薬が効き過ぎたか……。」と思うことも稀にあるが、多くは「「毒親」が、何をしょーもない云い訳かましてんだ?!」と思う。
改めと思うのは、「躾」や「薬」としての多少の体罰は否定しないが、親として子を育てる為の手段であるなら、「死なせたり、怪我させたりしては元も子もない。」ということである。
勿論、子に食事さえ用意しないネグレット(育児放棄)や、我が非を一切認めない自己中人間は論外として、である。
最終考察弐 「毒親」に育てられたと思うなら、「毒親」になるな。
残念なことに虐待のニュースが後を絶たない。そして虐待親には「親から虐待されて育った。」という者が少なくない(←勿論、虐待されたからこそ、決して虐待せずに愛情深く我が子に接している親はごまんといる)。
親となったことのない身である薩摩守(令和八(2026)年三月五日現在)が子育てを語るのもおこがましい気がしないでもないが(苦笑)、人間誰しも成長過程で反省したり、後悔したりすることがあるからこそ、我が子に対しては「自分と同じ失敗をして欲しくない。」、「自分が味わった惨めな思いを子供には味わって欲しくない。」と考えて子を育てる。
そしてそれ故に時に厳しく接し、時に子供の求めを拒絶する。今振り返れば道場主も欲しいものを駆ってくれなかったり、やりたいことをやらせてくれなかったりした親を怨みかけたこともあった。「親は子供の幸せを願うのなら、何で俺の嫌がることばかりするんだ?」と思ったこともあった。
確かに親は子の幸せを願っている。だが、「それ以上に無難であることを願っているのでは?」というのが成人して思うようになったことである。
個人的な例を挙げると、道場主の両親は貧困家庭に育ったゆえに学歴を身に付けられなかったことを惨めに思ったが故に、道場主達我が子には「金がないから上の学校に行かせられない。」というのだけは嫌だ、と念じて一所懸命に働いた。
同時に両親は身体能力で周囲に大幅に劣る我が子の非力・惰弱を嘆き、「最低でも大学に行かないとお前に生きる道はない!」と云って、半ば脅す様に道場主に勉学の日々を強いた(スポーツを初めとする他の習い事もさせてくれましたがね)。
幼少の頃の道場主は(周囲に比べてではあるが)おもちゃも殆ど買ってくれず、TVは1日1時間しか見ることを許してくれず、日々勉学に励むことを命じる親にある種の「毒」を感じてはいた。
現在に至っては、親も親で道場主の気持ちを解し無さ過ぎたことを反省しているし、道場主も厳しい制約や躾の中に(すべてが正解では無かったにせよ)学んだこと、糧となったことがあるのは理解している。
色々匙加減の難しい所はあるし、子供の立場や理解力では納得させることが難しいこともあるとは思う。ただ、子供は「まだ親になったことのない身」であるのに対し、親は「かつて子供だった存在」である。
時に我が子の意に沿わぬ教育を強いる局面があるのは止むを得ないにしても、基本は「己の欲せざることを人に施す事勿れ」(by『論語』)であろう。
最終考察参 誰しもが持つ「毒」との向き合い。
人畜無害な性格である一方で、取り立てて役にも立たない人間を指して、「毒にも薬にもならない。」と表現することがある。政治家が「悪いこともしなかったが、良いこともしなかった。」と云えば、完全な悪口である。
詰まる所、何か目立った能力や言動を持たない人間は「毒人間」と呼ばれることもないし、称賛されることもない。「毒」とは常識外れな言動に対して浴びせられる接頭語とも云える。
ただ、云うまでもないが、「毒」と揶揄する側はその相手を快く思っていない。快く思っていれば「毒」なんて接頭語は出て来ない。同時に「毒」を吐く側だが、余程敵対する人物が相手でない以上、その言動は「毒」と呼ばれることを望んで為すものではない。「毒」が使い様では「薬」にもなる様に、「薬」も用法・用量を誤れば容易く「毒」と化す。
こうなると、何か大きなことを為そうと思えば、大きなことであればあるほど、性急な成果を求めれば求める程、「劇薬」が必要となる。そう、正に「薬」としての効果を期待しながら用いつつも、チョットした誤りで簡単に「猛毒」と化すものである。
詰まる所、「毒」や「薬」は誰しもが持つもので、青酸カリやトリカブトやサリンだって致死量に満たなければ死に至らない様に、稀少であれば害はない(薬効もないが)。偏に極端な効果を求めれば、余程上手い使い方をしなければ特効薬も「猛毒」との誹りを受けるのである。
大いなる目的に向かって、得意とする力・手段を振るわんとする時にこそ、それが「毒」にならない慎重な考察と緻密な準備を必要とする……………それこそが、古今東西、愛する筈の我が子に「毒」をもたらし、心ならずも「毒親」と呼ばれる羽目に在った人物に学ぶべきことではないだろうか?
令和八(2026)年三月五日 薩摩守
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令和八(2026)年三月五日 最終更新