第10頁 前川空……失恋八つ当たりの洒落にならない弊害

作品『仮面ライダーウィザード』
被害者前川空
真の加害者昔フラれた女
矛先を向けられた者一般ピープル
解決グレムリン討滅


事件 事の起こり一人の男が一人のに振られたと云う、ごく有り触れたものだった。こんなことを事件にしていては少年の頃より何度も女性に振られているうちの道場主など事件の塊男と化し…………ぐえええええぇぇぇぇぇぇぇぇ…………(←道場主のパーガトリーストレッチを食らっている)。
 いててててててて…………ともあれ、身も蓋も無い書き方をすると、青年美容師・前川空(前山剛久)が失恋を機に自分を振った女性似た容貌を持つ女性を殺したい衝動に駆られるサイコパスと化してしまった。



生じた被害と怨み 殆んど上述しているに等しいが、前川空という男が失恋をしたのが「被害」である。もっとも、振られた詳細は不明である。
 一口に「振られる」と云っても、その有様は千差万別である。まず、振った相手の感情だが、その女性を好いた上で彼氏や婚約者の存在があっての想いを拒絶したのか?またを嫌った上で振ったのか?
 また失恋前の両者の関係も不明である。ある程度親しかったのを下手に告白したことでそれまでの関係も壊れたのか?それとも元々付き合っていたのが何らかの理由で破局に至ったのか?或いは、女性に面識もなく、が一方的な片想いでアタックして玉砕したことも考えられる。

 ただ、推測するに、以下のことが推測される。
・手ひどい振られ方をした。
・振られたことをは相当怨んだ。
・しかし、日常生活では胸中にドロドロに渦巻いていた劣情をおくびにもださなかった。

 等である。
 というのも、は後にサバトによって、ファントムの幹部・グレムリンとなった訳だが、それ以前とそれ以後で立ち居振る舞いが殆んど変わらず、それでいながら相当な激情が渦巻いていたのであった。
 ファントムとは、『仮面ライダーウィザード』における敵対怪人集団で、ゲートと呼ばれる魔力―云い方を変えれば素質―を持った人間が精神的ダメージを受けて絶望したことで人として死亡し、怪人として生まれ変わった存在である。
 もっとも、ゲートの全員がファントムとなる訳ではない。主人公の操真晴人(白石隼也)も、謎を秘めたヒロインの一人・コヨミ(奥仲麻琴)もゲートだった訳だが、絶望によりアンダーワールドで死亡することでファントムとなる訳で、そんなファントムを大量に生み出す儀式が「サバト」である(元々「サバト」はキリスト教世界における魔女がサタンと契約を結ぶ為の淫らな集会を指す)。

 そして多くのファントムは生前の記憶を有しつつも、その人格を大きく変えるのに対し、グレムリンはの人格をそのまま有した稀有な存在だった(それゆえ彼はファントムの中にあっても異端者扱いされていた)。
 一例を挙げると同じファントムの幹部であっても、メデューサ(中山絵梨奈)は、元々は稲森美紗という女子高生で、双子の妹・真由(中山絵梨奈)から見て、しっかり者のお姉さんという人物だった。しかし、ファントム・メデューサとなったことで両親をその手に掛け、完全に生前とは異なる人格となったことで真由は姉であって姉ではなくなったメデューサを「両親とお姉ちゃんの仇」として完全敵視し、後に仮面ライダーメイジとなった。
 つまり、ファントムはゲートの「生まれ変わり」ではあっても、ゲートとは「別人」となるのが、この・グレムリンは違った。

 酷い云い方をすれば、失恋を機にサイコパスと化した時点で絶望・サバト以前にはグレムリンと変わらない存在だったのだろう。
 それゆえ、グレムリンは生前の「」であることにこだわり、ファントムの多くが寡黙で無表情に近い中、グレムリンだけが妙に愛想よく、出会うものみなにその都度「ハロー!」と底抜けに明るく振舞っていたが、この挨拶は生前も同じだった(かつての美容師仲間の証言より)。
 そしてグレムリンはメデューサに対しても、「ミサちゃん」とゲートでの名で呼び、そんな風だから、メデューサからも、フェニックス(篤海)からも疎まれ、常に距離を置かれていた。一方でもまた自分がファントムと化したことを自分の中で認めていなかったので、元の人格を失ったモンスターと化した他のファントムを見下し(何せ彼の最終目的は「人間になる。」と云うことにあった)、他のファントムを出し抜くことを躊躇わず、ファントムとしての活動しつつ、魔宝石を人間側に流すなどの独断専行を度々行った。

 このことからも、身も蓋も無い云い方になるが、がファントムならずとも周囲の人間にとって危険極まりない存在だったことが分かる。個人的に「元々悪」というのは認めたくはないのだが、グレムリンは己の変貌を認めず、元に戻りたがった人格のままで数々の殺人を行っていたのだから………。



恨みの理不尽性 前川空が自分を振った女性をどうしたかは分からない。だが上述した様にかなり逆恨みしたことだけは疑いない。もしその女性を手に掛けていたとしても、愛していた故に手に掛けられなかったとしても、スケープゴート的に手に掛けた女性の数が数十人に上ったのだから、劣情の大きさは尋常ではない。

 想い人に振られたは、彼女と似た女性を見る度に殺人衝動に駆られるようになった。それも容貌の酷似した女性を襲うのであればまだ標的となり得る存在も少なくて済むのだが、コイツの衝動が駆られる条件が「白い服と長い黒髪」という、世にごまんといるものだったから性質が悪過ぎた
 勿論、被害者の立場に立てば酷似条件以前に全くの無関係で殺されたのだから理不尽極まりない話だった。

 加えての悪質さに拍車を掛けていたのは、彼がそんな自己の悪質さを自分の大切なアイデンティティとしていたことにあった。謂わば悪魔的な自分に自己愛やプライドを抱いていたのである。
 そのこだわりは半端なく、結果的にゲートとしての素質を持ち、ファントムとなった自己を認めず、人間に戻ることを夢見た。それゆえ自分と同じく「人間にもファントムにもなれていない」存在である魔法使いに対してはシンパシーを感じ、時折操真晴人に重要情報を流す等、ファントムとしては裏切りに等しい行為も繰り返した。
 だが、猟奇的な本性を知った晴人から「人間なんかじゃない」と否定されたことでかりそめの協調関係も瓦解。完全に自分の為だけに動き、目的達成の為にキーアイテムである賢者の石を奪取する為、賢者の石を内包するコヨミをつけ狙い、その父であるワイズマン・笛木奏(池田成志)を殺害するに至って、作中でのラスボスと化した。

 最終的に賢者の石を取り込みグレムリン進化体となり、人間になるための魔力を集めるべく無差別に人を襲うが、仮面ライダーウィザードに賢者の石を奪われ、強化ストライクウィザードで敗北。晴人から「人の心を失ったお前は人じゃないだろ?」と改めてそのアイデンティティを否定され、消滅した。

 ある意味、本作で採り上げた対象の中で最も自己中なこだわりとアイデンティティが多くの命を奪うこととなった、最悪且つもっとも悲しい存在であった。


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令和六(2024)年二月七日 最終更新