その5.バックスタブ

 バックスタブとは、日本語に直すと「背後からの一撃」であり、実は立花藤兵衛はこれに優れている。
 つまりは「不意打ち」で、真剣勝負や一騎打ちの世界では「卑怯」な行為である。だが正面から掛ったのではどう足掻いても勝てない相手を打つ際や、隠密行動を必要とする際には必要かつ有効な方法である。
 生身で初老の立花藤兵衛が悪の組織の改造人間に対して行ったからと云って一概に「卑怯」と云えるだろうか?

 また、バックスタブはやられる方にとって大変な痛手だが、いくら不意打ちや急所攻撃といえども一撃で相手を行動不能に陥らせるにはかなり的確な打撃であることを要する。
 時代劇では暴漢が道行く女性の鳩尾を強打して一撃で気絶させるシーンが、刑事ドラマでは凶悪犯が鈍器で刑事の後頭部を強打して気絶させるシーンが時折見られるが、簡単なものじゃない。
 もう何十年も前の話だから時効と思うので書くが、道場主自身、喧嘩で相手の鳩尾を殴ったり、後頭部を角材で殴ったこともあったし、逆にやられたこともあったが、気絶したり、気絶させられたことは一度も無かった。

 バックスタブは基本的には「卑怯」だし、難しい攻撃でもあるし、最悪の場合相手を死に到らしめることすらある。だが立花藤兵衛が実践した数少ないバックスタブは合理的かつ、巧妙に行われていた。
 つまりは藤兵衛が為した活躍の一つとして、称賛出来るもので、これを少し詳しく見てみたい。
◆ケース1:ショッカー戦闘員への一撃
 『仮面ライダー』第68話での例。この時の立花藤兵衛バックスタブを象徴するキーワードは「怒り」と云えようか。

 「その1」でも触れたが、藤兵衛は名トレーナーとしての腕を見込まれてショッカー基地に拉致されたことがあった。藤兵衛拉致をショッカーに勧めたのは藤兵衛の親友・熊木で、勿論熊木がショッカーに協力したのも上辺だけのことで、熊木は秘かに藤兵衛を救い、アジトからともに逃走しようとした。

 2人の逃走を阻止しようとショッカー戦闘員が襲いかかって来たため、2人はこれに応戦。初老ながらもトレーナーとして人並み以上の戦闘の力を持つ2人は数で勝る戦闘員達相手に怯むことなく戦ったが、熊木は戦闘員の一人に背後からナイフで刺されて致命傷を負った。

 親友の致命傷に怒りを爆発させた藤兵衛は熊木の名を叫ぶや、熊木を刺した戦闘員の後頭部に両拳を組み合わせた一撃を食らわし、まだ残っていた戦闘員三名程を忽ち打ち倒した。
 まだ息の残っていた熊木はショッカーの意図を藤兵衛に伝えて息絶え、藤兵衛はショッカーの意図と(特訓の過程で知った)イカデビルの弱点を胸に仮面ライダー1号の元に向かうのだった……。

 この時の、藤兵衛バックスタブは乱戦の中で自然に出て来たの物で、意図があるとすれば「親友を背後から刺した奴への報復」と取れるし、「怒りに任せた突撃」とも取れる。
 いずれにせよ、愛弟子・本郷猛の危機を救い、流れ星作戦を阻止する為にも親友の死を乗り越えて走らねばならなかった藤兵衛に形振り構うと云う言葉は無かっただろう。


◆ケース2:デストロン戦闘員への一撃
 『仮面ライダーV3』第14話での例。この時の立花藤兵衛バックスタブを象徴するキーワードは「救助」と云えようか。

 第14話にて国際警察のジョージ釜本(団巌)から知らされた情報を元に、仮面ライダー1号2号が記した「V3・死の弱点」に関する情報を求め、山中に入った仮面ライダーV3ガマボイラーの罠に掛って、彼の粘液を顔面に浴び、完全脱力状態に陥った。
 そこに珠茂(川口英樹)を人質に満を持して登場したのがデストロン初の大幹部・ドクトルG(仙波丈太郎)だった。力が出せず、さりとて人質になった茂を見捨てて逃げることも出来ないV3の危機を脱する契機となったのが藤兵衛バックスタブだった。

 手も足も出ないまま状態のV3を見て、茂を抑えながらほくそ笑む戦闘員の後頭部を背後から忍び寄った藤兵衛の棍棒による一撃が襲った!設定上、「通常成人の5倍の戦闘力」をもつデストロン戦闘員(←あくまで設定上)だったが、この一撃には堪らず、茂は助け出された。

 この直後、V3は滝壺に転落し、藤兵衛もデストロンも必死になって行方を追った訳だが、シルバータイタンは結果論ながらこの救出劇が持った意義は大きいと見ている。

 滝壺から落ちた奴が死なないのはフィクションの王道だが(笑)、V3が脱力状態のままドクトルGと戦っても殺されていたのは間違いなく、そうなると戦線離脱を図ることが重要で、これは卑怯なことでも臆病なことでもない。だが、戦線離脱すると人質となっている珠茂がどうなるか知れたものではないから逃げる訳にもいかない。つまり藤兵衛バックスタブ&茂救出はV3に戦線離脱の好機を与えたと云え、ドクトルGの一撃を喰らったと見せ掛けつつV3は滝下への逃亡に成功した(直後に意識を失う程の重傷を負ったが)。

 また、これこそ結果論だが、この時V3の行動力を著しく奪っていたガマボイラーの粘液には「長時間持たない」という弱点があった。つまり戦線離脱によりV3は元の行動力を取り戻し、バーナーコウモリと戦うことが出来たとも云える。

 立花藤兵衛にとっては、自らの管理下にある少年仮面ライダー隊員を救うための形振り構わぬ奇襲&救出行動だったのだろうけれど、影響力はとても大きかったのである。


◆ケース3:ミサイルヤモリへの一撃
 『仮面ライダーV3』第16話での例。この時の立花藤兵衛バックスタブを象徴するキーワードは「回避」と云えようか。

 この話で出て来たデストロン怪人はミサイルを擁するヤモリとの合成改造人間だったが、このタイプはデストロン怪人では意外と少ない。動植物と合成される凶器は刃物が多く、重火器は稀で、ミサイルヤモリ以外ではカメバズーカマシンガンスネークタイホウバッファローぐらいだった。
 ミサイルの持つ定義はとても広いので、その威力もピンキリだが、たった一発のミサイルで石油コンビナートを壊滅させようとしていたので、その破壊能力はマシンガンスネークのそれは勿論、タイホウバッファローカメバズーカを上回る物だったかも知れない。

 このミサイルヤモリが命じられた京浜石油コンビナート破壊が実現すれば大惨事となるのは云うまでもない。デストロンに捉えられていた井村少年とその祖父は自分達に宣告された死刑以上に京浜石油コンビナート爆破による参加の方を心配してうろたえていた。何ていい人達なんだ(笑)

 そしてこの情報を井村少年から志郎経由で知った立花藤兵衛は志郎とは別行動でコンビナートを見つけるや一目散にミサイルヤモリに体当たりをかまし、ミサイルは明後日の方角へ飛んで行き、大惨事は避けられた…………。
 えっ?何?ミサイルが発射されたのは藤兵衛さんの体当たり前?それを云っちゃ、いや〜ん……。藤兵衛さんがコンビナートを守る為に命懸けで突進した事実は消えないんだから………。


 余談だが、漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治作)で絵崎コロ助教授が開発したパトカー・EZAKI-Z1は30億円掛っていたが、それに際して絵崎教授は「ミサイルがとても高かった…。」と呟いていたから、シルバータイタンの頭の中には「ミサイル=高価」のイメージがある。
 同じイメージがミサイルヤモリにあるかどうかは不明だが、背負ったミサイルも非常に高価だったものらしく、藤兵衛バックスタブの前に射撃に失敗したミサイルヤモリ藤兵衛に「よくも貴重な一発を無駄にしたな!」と凄んでいた。

 もし、藤兵衛バックスタブが功を奏していたなら、藤兵衛の守り抜いた存在の大きさとその功績は計り知れない。そして、前述の様に、藤兵衛バックスタブと関係無しにミサイルヤモリが射撃に失敗していたのだとしたら、自分の腕の悪さを藤兵衛のせいにしているその狭量を笑い飛ばそう(笑)


◆ケース4:ガランダー帝国黒ジューシャへの一撃
 『仮面ライダーアマゾン』最終回での例。この時の立花藤兵衛バックスタブを象徴するキーワードは「潜入」と云えようか。

 個人的に、この時の藤兵衛の活躍は如何にも立花藤兵衛らしく、如何にも仮面ライダー作品らしくて好きだった。

 前話となる第23話でガランダー帝国の基地に潜入したアマゾンの後を追って、藤兵衛もまた基地への潜入を図った。
 小高い丘の中腹に入口があるのを突き止めた藤兵衛は、直後にガランダー帝国の黒ジューシャ5人が乗った乗用車が丘の麓に留まったのに気付いた。
 5人の黒ジューシャ達はガランダー帝国のリーサル・ウェポンであるヘリウム爆弾を仕掛けて来た帰りで、物陰に潜んだ藤兵衛は彼等が通過した所で最後尾の黒ジューシャを棒で殴って昏倒させ、コスチュームを剥ぎ取って、成済ますことで直後のガランダー帝国基地潜入・ヘリウム爆弾設置位置の割り出し・起爆装置解除に成功したのである

 黒ジューシャをやり過ごした段階で藤兵衛がどういう行動に出るかを見抜くライダーファンは多いのだが、このシーン、実はとんでもない難点を3つも抱えており、これを成功させた藤兵衛バックスタブ能力はとんでもないハイレベルであることが推察される。

 まず、前述したが、鳩尾打突にせよ、後頭部殴打にせよ、一撃で相手を昏倒に追いやるのはなかなか容易ではないが、藤兵衛は黒ジューシャに悲鳴の一つを挙げさせることなく成功しているのである。
 勿論、これは黒ジューシャが声を挙げる間もなく昏倒に追いやられたことを意味する訳だが、その為には殴打する位置の正確さと腕力の両方が必須となる。もし黒ジューシャが声を挙げれば前を歩く4人に気付かれることとなり、殴る力が強過ぎると殴打した音で気づかれかねないのである。いずれにせよ並みの能力で出来ることでは決してない


 次の難点は求められる隠密度がハイレベルであることにある。
 前述した様に、悲鳴や殴打の音でほんの数歩先を歩く黒ジューシャに気付かれてはならないのである。黒ジューシャを殴り倒した藤兵衛は斜面の影に黒ジューシャを隠してそのコスチュームを剥ぎ取り、身に纏った訳だが、「黒ジューシャの倒れる音」・「服を剥ぎ取る音」・「身に纏う音」及びこれらの気配すべてが前を行く黒ジューシャ達に気付かれない様に遂行した藤兵衛は世が世ならかなり有能な忍者やスパイになれたことだろう。

 第3の難関はこれら一連の動作に時間を掛けられないことである。
 もし藤兵衛が殴り倒した黒ジューシャの服を剥いで纏うのに時間が掛れば、4人も黒ジューシャがいれば誰かが時期に様子がおかしいことに気付いただろう。
 また基地内はゼロ大帝(中田博久)の元にたどりつくまでに落とし穴や毒ガスや壁槍といった罠を潜り抜けなければならず、これらの罠は戦闘を歩く黒ジューシャが解除スイッチの位置を知っていたので、黒ジューシャ達が罠に嵌ることはなかった(肝心のボスが嵌っていたが(笑))。だが、もし黒ジューシャに化けた藤兵衛が先を行く者達に遅れて基地に入れば、これらのトラップに掛っていたかも知れなかった。
 実際にそこまで藤兵衛が考えていたかどうかは不明だが、手早く行わなくてはいけない行動だったことに間違いはない。

 そう、この時の立花藤兵衛バックスタブは正確且つ秘密裏且つ手早い、という点において実に見事に為されたものだったのであった。


◆ケース5:岩石男爵への一撃
 『仮面ライダーストロンガー』第32話での例。この時の立花藤兵衛バックスタブを象徴するキーワードは「排除」と云えようか。

 デルザー軍団の「親分」の地位を狙って仮面ライダーストロンガーの首を取るらんとする岩石男爵は典型的な腕力・体力馬鹿で、一時はオオカミ長官の口車に乗ってジェネラル・シャドゥ(声:柴田秀勝)失脚に協力せんとしたが、馬鹿過ぎて失敗(笑)。

 悪巧みを看過したシャドゥに詰問されたオオカミ長官がうろたえるのに対して、考えるのが苦手な(笑) 岩石男爵は怒りに任せて、誰に対しても手出し無用、とばかりに単身ストロンガーに挑みかかった。
 この時のストロンガーは超電子ダイナモ内蔵手術を終え、デルザーの改造魔人に対しても充分な勝算を持っていたのだが、周知の様に、超電子ダイナモの使用制限時間は1分しかなく、またこの時点ではデルザー軍団は超電子の力を知らなかったので、ストロンガーとしてはまだまだ隠しておきたい所だった。
 だが、それが仇となり、ストロンガーはチャージアップ前に岩石男爵によってマウント・ポジションで押さえ込まれてしまった。こうなると技量や武術など関係なく生まれ持った馬鹿力が俄然有利で、さしものストロンガーも反撃の糸口を独力で見出せなかった。そしてこの危機を救ったのが、立花藤兵衛バックスタブだった。

 少し話を遡ると、オオカミ長官は狼男の子孫という血統の矜持からシャドゥを「成り上がり者」と見下し、その失脚を狙っていた。一方のシャドゥは相手が誰か分からないながらも自分の命を狙う者がいることに気付き、仮面ライダーストロンガーと休戦する為、藤兵衛を拉致していた。
 シャドゥ暗殺の為、城茂と岩石男爵を利用せんとしたオオカミ長官。単純な岩石男爵はあっさりとおだてに乗って協力を約束(笑)したが、茂は藤兵衛が人質となっていることでシャドゥと戦えないことを告げた。
 そこでオオカミ長官岩石男爵藤兵衛救出を命じたが、牢獄に潜入した岩石男爵藤兵衛を連れ出すだけではすぐにシャドゥに感づかれることは辛うじて理解出来た様で、身代わりを牢内に置いたのだが、顔すらないただの粘土人形に藤兵衛から剥ぎ取った服を載せただけというお粗末振りから、瞬時にシャドゥにばれた(笑)。

 そんな前段階があった為、謀略露見時には下着姿で気絶していた藤兵衛を脇に置いてストロンガー岩石男爵が戦うことになった。何ともビジュアル的にかっこ悪い役を振られた藤兵衛さんだった(苦笑)。

 そしてストロンガー岩石男爵に押さえ込まれているさなか、気がついた藤兵衛一目散に岩石男爵の背後に駆け寄り、長年多用して来た体当たりによるバックスタブで、マウント・ポジションを崩しストロンガーのチャージアップを可能とした。

 通常の改造人間を素体からして上回る戦闘能力を持つ改造魔人を相手に、単純に体当たりをかましただけだったら、バックスタブといえども藤兵衛の方が全身打撲の大怪我を追っていただろう。それがストロンガー勝利に貢献できたのも単細胞の岩石男爵がマウント・ポジションに熱中して前のめりになっていたことと、七番目の育ての息子を救わんとして、火事場のクソ力敵な突進を藤兵衛が敢行したからだろう。

 ストロンガー岩石男爵を撃破した直後、子供の様に藤兵衛が喜んでいたのも、バックスタブ藤兵衛の一途さに裏打ちされた純粋な心からの行動だったからだろう。


◆バックスタブ擁護論
 もし、現実の世界で成人男性と成人男性が互いの誇りを掛けての一対一で戦うに際して、背後からの奇襲を相手が仕掛けてきたら、仕掛けられた側は相手を「卑怯」と罵るだろう。バックスタブとは本来そういう攻撃である。

 だが、ここまで記してきた文章を読んで下さった方々には御理解頂けると思うが、藤兵衛が仕掛けたバックスタブは、仕掛けた相手は人間ではなく(つまり藤兵衛と同格ではない)、女子供を含む大勢の人々を救う為のものもあり、しょーもない欲得も打算も無かった。
 大切なものを守る為、無我夢中で行った救出行為なのである。勿論、そういう動機があれば如何なる手段を取ってもいい、とまでは云わないが、人としての許容範囲には入れたいものである。

 これを「卑怯」というのは病的なまでに正々堂々とした人間か、常識外れの一騎打ち至上主義者だろう。少なくとも藤兵衛と戦った悪の組織の人間に藤兵衛を「卑怯」と罵る資格はあるまいて。


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令和三(2021)年六月一〇日 最終更新