その6.身投げ

 物騒なタイトルで申し訳ないが、「身投げ」とはズバリ「投身自殺」を意味する。

 これを特技の一つに数えるのは不謹慎な気さえするのだが、行為そのものよりも立花藤兵衛の「心意気」に注目して頂きたい。
 悪の組織との戦いは過酷である。現実世界にも暴力団や似非信仰宗教や過激派と云った「悪の組織」が存在する(←一括りにするのは些か強引だが)。だがその存在を疎ましく思いながらも体を張って戦う人は殆どなく、そうしなければならない義務もない(義務があるのは司法と行政である)。
 まして特撮世界の悪の組織は、とんでもない科学力と組織力を持ち、殺人・破壊・拉致等の非人道的手段を厭わない恐怖の集団なのである。正直、命を捨てる覚悟なしに戦える相手ではないのである
 悪の組織との戦いにおいて、藤兵衛は幾度となく組織に捕えられては人質にされた。だが藤兵衛は組織に助命を乞うたことは一度もなく、改造人間達が藤兵衛の身柄をたてにライダーに無抵抗を強いる度に「わしに構うんじゃない!」と叫び続けた(まあ藤兵衛に限った話ではないが)。
 また、人質が藤兵衛一人じゃない場合は女性や子供だけでも開放するよう要請したことも度々あった(勿論悪の組織は聞く耳持たなかったが)。

 とはいうものの、父であり、師でもある立花藤兵衛を人質にされた際に仮面ライダー達の矛先は明らかに鈍った(だから悪の組織は何度も藤兵衛を人質にした)。だが、当然のことながら藤兵衛は何も好き好んで人質になった訳ではない。時として人質になることを拒んで自ら命を断とうとしたことすらあった。偏にライダー達に迷いを生じさせない為であった。
 そしてその手段が身投げだった。舌を噛み切ろうとしたこともあり、手段不明の事もあった。何せ藤兵衛が自害しようとしても悪の組織側で阻止するもんだから(笑)。

 いずれにせよ、この頁では実例を基に大いなる理想と教え子達の為に自害も辞さなかった立花藤兵衛の心意気を採り上げたい。他の項目に比べるとボリュームが薄いが、それは身投げが本来褒められた手段ではないからであって、手抜きではないことを御了承願いたい(苦笑)。

◆ケース1:サソリトカゲス
 『仮面ライダー』において、仮面ライダー1号・本郷猛は度々生死不明となった(勿論生きているのだが)。そういうケースが相次いだ当時の藤岡弘、氏と制作サイドとの兼ね合いは有名だし、詳細を語ると長くなるので割愛するが、ゲルショッカーとの最初の戦いとなった第80話の終わりで、1号ライダーガニコウモルと猿島上空にて正面衝突して海中にその姿を消していた。
 続く第81話で本部にて悲嘆に暮れる少年仮面ライダー隊一同を滝和也が励まし、立花藤兵衛もその意を後押ししていたが、これは空元気だった。滝達の前では強がっていたが、悪の組織との戦いを供にする心強い仲間を失った悲しみに加え、藤兵衛はオートレースチャンピオンを生み出す夢を断たれた虚無感を抱きながら追悼の花束を持って本郷と供に特訓を重ねた訓練場の断崖(採石場?気のせいですよ…)上に立っていた。

 そこに突如登場したのはゲルショッカー怪人2番手のサソリトカゲス。「ソーリー!」と謝りながら迫るサソリトカゲスの口から本郷が生きていることと、その本郷に抗する為、藤兵衛を人質にする為にやって来たことを知った藤兵衛は一気に生気を取り戻すや、本郷の為にもゲルショッカーの人質になることで足手まといになるもんか!とばかりに生気と真逆に行動は死を選ばん、と背後の断崖から身投げしようと走り出すも、即行でサソリトカゲスの一撃を後頭部に受けて昏倒した。

 とにかく、この時の立花藤兵衛の笑顔が印象的過ぎ(苦笑)。本郷猛が生きていたことを知った喜びと、本郷達の為にも悪に屈しないとの決意の強さの前に死への躊躇いなど微塵も無かったのだろうけれど、『仮面ライダーX』第21話で喫茶COLを破壊したアキレスにまで「GODの怪人といえども命を大切にしなければ。」と云っていた藤兵衛さんの方を私は支持したい……。


◆ケース2:ムカデヨウキヒ
 『仮面ライダーX』の後半はRS装置の設計図を巡るGOD悪人軍団との戦いだった。これを手に入れる為、GODは執拗に人質作戦を繰り返した。
 第33話も例外ではなく、キングダーク(声:和田文夫)は閉ざされた洞窟の中でチコ・マコに毒ガスを放ってRS装置の譲渡をXライダーに強要した。
 カイゾーグである自身は毒ガスに耐えられても、生身の二人は耐えられない為、XライダーはやむなくRS装置の設計図を収めてあるクルーザーを呼び出したが、このクルーザーに乗って仮面ライダーV3が岩盤を砕いて参上した為、Xライダー達は危地を脱した。

 意識を取り戻したチコ・マコとともに二人の無事を喜び、風見志郎の尽力に謝していた神敬介だったが、そこに不気味な笑い声が聞こえて来た。
 笑い声の主はムカデヨウキヒで、吊り橋上にて立花藤兵衛を人質にしていた。勿論藤兵衛の身柄と引き換えにRS装置の設計図を得る為である。緊迫した場面にもかかわらず「さっさと設計図をお寄越し!」という女性怪人独特の云い回しが発せられたのに噴き出したのはシルバータイタンだけではあるまい(笑)。

 先輩である分、こういうシチュエーションに少しは慣れたものか、風見が設計図を渡そう、と云ったが、敬介は躊躇いを見せた次の瞬間、藤兵衛は吊り橋の欄干を乗り越えて、身投げした!悲鳴を上げて顔を伏せる二人の女子高生は勿論、藤兵衛の咄嗟の行動に風見・敬介のみならず、ムカデヨウキヒまでもが驚愕を示した!

 頭から飛び込んだ筈なのに、何故か頭を上にして落下する藤兵衛(笑)をすんでの所で救出したのは仮面ライダー2号だった。無事を確認しながら、素顔に戻った一文字隼人と藤兵衛の元に駆けつける四人に、「敬介ー!志郎ー!」と名を呼びながら駆け寄る藤兵衛。やはり主人公の方が先なのね(笑)。
 さすがにこの藤兵衛の自殺行為には無事への安堵から笑顔を浮かべながらも、三人とも批難せずにはいられなかった。「俺がいない方が皆の決心がつくと思ったんだ……。」とバツが悪そうに無謀行為を釈明する藤兵衛だったが、即座に敬介が初対面の一文字を指して「で、この人は?」となったので、感動の再会&邂逅シーンとなった訳だが、こういうときはもっと怒っていいんだぞ、敬介・一文字・風見!!

 考えに理解は出来ても、救出されたとはいえ、やはり藤兵衛身投げは気分のいいものじゃなかった。ただ殺人が日常茶飯事の悪の組織の構成員であるムカデヨウキヒをも驚愕させた立花藤兵衛の覚悟と決意の強さだけは認めたい。


◆異ケース:ガラオックス
 悪の組織との戦いは命懸けである。朝中暮夜命の危機に曝されるは勿論だが、危機に曝されるのは自分自身だけに留まらないのが厄介な所である。現実の悪の組織(暴力団・マフィア・テロ組織)がなかなか壊滅に追いやれないのも、構成員達が足抜け・更生したいと思っても、家族の命をたてにされ、押し留められることも多い。

 その点と云っては変だが、立花藤兵衛は妻子もなく、彼の周囲に集まる人々は悪と戦う覚悟を固めた人々でもある。だが年齢的にも、立場的にも保護者と云っていい藤兵衛は彼等の命の危機に苦悶することもあった。それを表情的に最も端的に表していたのが『仮面ライダー』第95話だった。

 この話の前半でまた(苦笑)仮面ライダー1号・本郷猛は生死不明となった。哀しみをこらえつつ気丈にも藤兵衛と滝はこの状況を逆手に取ってガラオックスを倒すことを図った。
 本郷を生きているように装い(まあ実際生きてんだけどさあ…)、救急車を要請する通信をわざとゲルショッカーに傍受させ、襲撃して来たガラオックスをダイナマイトが埋め込まれた空き地に誘き寄せて爆殺する目論見だった。

 目論見は9割方成功し、ダイナマイト地点に誘き出しに成功したものの、滝がガラオックスに羽交い絞めにされ、起爆させることは滝の死を意味する状況に陥った。
 既に死を覚悟していた滝は、藤兵衛にダイナマイトを起爆させて自分もろともガラオックスを爆殺するよう促した。藤兵衛は喜んで雷管を押し込み…………………てなことには勿論ならず、躊躇いに躊躇いまくった。
 恐らく、自分が滝の立場でも藤兵衛は同じことを要請しただろう。だが、自分が起爆させる立場となるとことは容易ではない。滝の「やれー!親父ぃー!!」という絶叫と、ライダー亡き今これしか方法がない、今やらねば勝機がもう来ないかも知れない状況とに苦悶する藤兵衛の表情は必見である。

 結局、苦渋の決断を下した藤兵衛が雷管の取っ手に力を込めんとしたタイミングで仮面ライダー1号が駆け付けたのでダイナマイトが起爆することは無かった。ガラオックス討滅後、心配掛けたことを詫びる1号ライダーに、「死んだなら死んだ出電話の一本も寄こせ!」と無茶苦茶な苦言を藤兵衛が呈したのも、直前まで藤兵衛が味わった苦悩を想えば、御愛嬌と云えようか。

 命より大切なものを守る為に命を捨てかねない行動に出るときは確かにあるかも知れない。だが本当にそれしか方法が無いことは稀であることもしっかり見据えて欲しい。たとえそれがフィクションの世界の話であっても。


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令和三(2021)年六月一〇日 最終更新