第9頁 シャドームーン……旧知の誼に揺れかけた心
勧誘者File.9
勧誘者 シャドームーン(演:てらそままさき) 交渉 『仮面ライダーBLACK』第36話 勧誘対象 秋月杏子・紀田克美 勧誘材料 血縁と旧縁
背景 一人の少年・秋月信彦(堀内孝人)が暗黒結社ゴルゴムの世紀王シャドームーン(声:てらそままさき)に改造されたのには、ゴルゴムの首魁・創世王(声:渡部猛)の寿命が迫っていたことが関係していた。
宇宙を統べる帝王たらんとする創世王及び、ゴルゴムの大神官達は一惑星に過ぎず、文明社会になって1万年も経過していない地球人を「愚かな人間ども」と露骨に見下していた。だが、そんな広大なスケールで行動・思考する創世王も不老不死の存在ではなく、5万年ごとに寿命と代替わりを迎えていた。
そして『仮面ライダーBLACK』が放映される時代がそのときで、19年前の日食に日に生まれた二人の子供を世紀王候補とし、19歳の誕生日に(本人の意向を完全に無視して)創世王の証・キングストーンを埋め込む改造手術を施し、次期創世王候補=世紀王とし、片方をブラックサン(黒き太陽)、もう片方をシャドームーン(影の月)とし、いずれ両者を戦わせ、勝った方が次期創世王となる算段だった。
だが、二人の皇子に選ばれたのがゴルゴムメンバーの一人・秋月総一郎(菅官太郎)の関係者だったことで、妨害されてしまった。二人の皇子の内一人は総一郎の実子・信彦で、もう一人は総一郎の親友・南博士の子を引き取って育てた南光太郎(倉田てつを)で、これまた我が子に等しい存在だった。
総一郎は、ゴルゴムに逆らったら命は無いと考えていたので、二人の改造には反対しなかったが、記憶消去を伴う脳改造には反対し、手術を妨害した結果、光太郎のみ脳改造を免れて創世王専用マシーン・バトルホッパーに乗って逃げたことで彼が仮面ライダーBLACKとなったのは周知の通りである。
一方の信彦は手術妨害の煽りを食って重傷を負い、長期の治療が必要となったが、第34話にて大神官達から彼等の命の源とも云える天・海・地の石を捧げられ、第35話でシャドームーンとして覚醒し、同時に秋月信彦としての人格と記憶を(完全にではないが)失った。
この間、光太郎は必死に信彦の行方を追っていた。信彦の身を案じていたのは光太郎だけではなく、信彦の恋人・紀田克美(田口あゆみ)と、信彦の妹・秋月杏子(井上明美)がいた。
後に光太郎が「心まで改造された。」と云っていたように、覚醒したシャドームーンは完全に自らをゴルゴム世紀王と自認し、次期創世王となる為にキングストーンを賭けて自分と戦うよう何度も光太郎に呼び掛けた。
だが、光太郎にとって信彦と戦うと云う事は、兄弟同然にして育った親友と戦うことを意味する。自身が改造人間にされたりとはいえ、ゴルゴムから脱して元の人格を保ち、一個人としての人生を送っている光太郎にしてみれば、信彦にも自分と同様、体は改造人間でも心は元の信彦に戻ってくれることを渇望し、それは克美と杏子も同様だった。
殊に光太郎に対して淡い恋心を抱いていたとしか思えない杏子にしてみれば「彼氏と兄が殺し合う」など、我が身が引き裂かれる思いだった事だろう。
残酷に結論を書くと、シャドームーンが秋月信彦に戻ることは遂に無かった。創世王BLACKを罠に嵌める為に一時的にその姿を信彦のそれに戻したことはあったが、後作『仮面ライダーBALCKRX』にて再登場し、最後の最後に信彦らしさを見せたかに思えたときも、自身は「シャドームーン」であることにこだわり、信彦であることを否定し、信彦の姿に戻ったのは息を引き取った後だった(ちなみに人間として光太郎の腕に抱かれてはいたが、顔は見せなかった。ワンシーンの為だけに堀内氏を招くのは躊躇われたと思われる(苦笑))。
ただ、シャドームーンが完全に「秋月信彦」としての自己を捨て去っていたかはどうにも微妙である。まず、記憶を失ってはいなかった。最後まで光太郎と敵対したことも、過去作「悲しきヒーローの旧友」でも触れたが、親友である光太郎こそ、同時に「最大のライバル」と見做していたからこそ、と見れなくもない。何より、第47話で勝利した際、いざ腹を捌いてキングストーンを取り出そうとした次の瞬間、仮面ライダーBLACKの姿が南光太郎のものになるや、「光太郎……!」と、シャドームーンになって以来初めて彼の名を口にし、キングストーンを取り出せと云う創世王の命令を拒絶した。
この様に様々な局面を見ると、シャドームーンがどこまで秋月信彦としての自己を失っていたかは不詳である。だが、記憶や想いが例え僅かであれ、残っていたのは間違いない。そんなシャドームーンの想いと、それを投げ掛けられた側の気持ちの錯綜が興味深かったのが第36話だった。
勧誘交渉 第35話で覚醒したシャドームーンは剣聖ビルゲニア(吉田淳)からサタンサーベルを奪い、これを取り戻さんとした彼を一刀の元に返り討ちとし、次期創世王としての自己を宣言し、南光太郎の前にその姿を見せると宣戦布告した。
これに対し、光太郎も、克美も杏子も一様に苦悩した。第1話で父・秋月総一郎が惨殺され、秋月信彦の身を案じつつ、人類征服の為えげつない悪事を次々展開して来るゴルゴムに対して三人とも底なしの怒りを覚えていたところに、努力も空しく、信彦はシャドームーン=悪の組織の指揮官になってしまったのである。
第36話冒頭で光太郎は何度もシャドームーンの悪夢にうなされていた。そして街中をとぼとぼ歩く克美と杏子は気が付けば、旧秋月邸の前にいた。何故無意識の内に旧家に来てしまったのか訝しがる二人。これまでの辛い日々に苦悩する克美はすぐにでも立ち去らんとしたが、「ここには楽しい想い出もあった筈。」とする杏子の一言を受けて二人は懐かしの場に足を踏み入れた。
すると邸内にはシャドームーンが待ち受けていた。どうやら、無意識の内にやって来たように見えて、その実、二人はシャドームーンに誘われたのかも知れなかった。
「杏子・克美、久しぶりだな……。」と切り出すシャドームーン。二人がシャドームーンと直接対面したのはこれが初めてだったが、すっかり変わった姿でも、二人にはすぐにそれが信彦だと分かった(展開と光太郎から聞いた話である程度の予測と覚悟があったのだろう)。
「お兄ちゃん?お兄ちゃんなの?」と問う杏子にシャドームーンは「すべては遠い過去のことになってしまった。」として、自分が信彦であって信彦でないことを告げると、ゴルゴムが二言目には「愚かな人間ども」と唾棄する人類を滅ぼし、ゴルゴムによる新しい世界を築くと宣し、それでも二人は助けるとの意を示した。
まあ、これ厳密には「勧誘」とも「交渉」とも云わんな。はっきり云って、「宣言」である。シャドームーンは二人の回答を待つことなく、一方的に云いたいことを云っていただけだった。
恐らく、ゴルゴム次期創世王となる(筈)の自分の絶対者としての立場に絶対の自信を持ち、身内と彼女に対して、その地位を利用(悪用?)して、「好待遇を与えられるから安心しろ。」と云っているようにも取れるし、「今でも俺はお前たちの彼氏であり、兄である。」と宣言している様にも取れる。
実際、このときシャドームーンは二人に回答を求めた訳では無く、答えない二人に対して、「いずれお前達にも分かる時が来る、その時を楽しみにしているぞ。」とだけ告げて姿を消してしまったのだった。
拒絶とその後 結論から云えば、二人はシャドームーンの誘いに応じなかった。ただ、応じずとも、その場で紀田克美と秋月杏子が見せた反応は微妙に対称的だった。
克美の見せた反応は、「彼氏とまた一緒になれる…。」ということに期待を滲ませた笑顔(←勿論満面のそれでは無い)だった。ゴルゴムという悪の秘密結社に居することになっても、愛する男と一緒にいられるとなると、全くの「No」とは云い難い様だった。
現実の例でいえば、反社組織のトップになってしまった彼氏から自分の元に来て欲しいと云われ、それに色気を見せる彼女に似ていると云えようか?この例で考えれば、誘いに応じて「反社の妻」になれば、両親を初めとする身内との関係も悪化するだろうし、社会からも後ろ指を指されかねないが、それでも「男」を取ってしまう女性は決して少なくない。
一方、杏子は完全に拒絶した。シャドームーン=信彦の誘いに微妙な色気を見せる克美に、「克美さん、信じちゃ駄目!あれはお兄ちゃんなんかじゃない....ゴルゴムなのよ!!」と云って、彼女を制止した。そして返事を待たず姿を消したシャドームーンに対して「お兄ちゃんの馬鹿!」と叫んだのだった。
ただ、この時点でシャドームーンは然程説得を急いでいなかった様で、「いずれお前達にも分かる時が来る。その時を楽しみにしているぞ。」とだけ告げて消えた。
そして結論的に、克美は「男」よりも「人道」を重んじた。同じ第36話の終盤、シャドームーンは大神官から生まれ変わった大怪人達を街中に放ち、大暴れさせることで日本に対して宣戦布告した。その中、とあるビルから一枚の看板が落下し、下にいた子供に直撃しかけたのだが、これを助けた克美は、「信彦さん、これがあなたの『新しい世界』なの!?こんな小さな子供を痛めつけて....違う!信彦さん、こんなの間違ってる!!」と叫んで、シャドームーンの、否、信彦の非を鳴らした。
この後、克美も、杏子も彼氏及び兄に対して複雑な想いはあったと思われるが、一貫して光太郎を応援し続け、シャドームーンのサイドには立たなかった。ある意味、この時の叫びが、克美がシャドームーンの誘いを拒絶した瞬間だったと云えよう。
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令和八(2026)年七月八日 最終更新