第肆頁　足利義政　戦国時代突入のA級戦犯

略歴　永享八(1436)年一月二日、室町幕府第六代将軍・足利義教を父に、その正室・日野重子を母に五男に生まれた。幼名は三寅、後に三春と改めた。
　正室腹の生まれではあったが、将軍位は同母兄にして義教嫡男である義勝が継ぐことが決まっていたので、僧籍に入る筈だった(後継者争いを防ぐ為、室町将軍の子息は、後継者以外は僧籍に入るのが基本だった)。

　だが物心ついたばかりのまだ六歳の時、嘉吉元(1441)年六月二四日に嘉吉の乱で父・義教が殺され、翌年に九歳で七代将軍となった兄・義勝もその翌年に夭折。ために三春は八歳で次期将軍とされ、文安三(1446)年一二月一三日、後花園天皇より、義成の名を与えられ、文安六(1449)年四月一六日に元服、同月二九日に将軍宣下を受けて、正式に第八代将軍に就任した。

　とはいえ義成はまだ一四歳。勿論政治を執れる年齢ではなく、管領・政所と云った幕府の重鎮、外戚、有力守護大名等が実権を握った。
　だが、享徳二(1453)年六月一三日に義政に改名したのを機に義政は守護大名の家督相続に関する内紛に積極的に介入する等、積極的に政務に臨み始めたが、管領細川勝元は度々反対意見を述べ、鎌倉公方足利成氏が享徳の乱を起こし、将軍権威を高めんとして細川・山名といった有力大名に対抗せんとすると母・重子が憤慨して一時出奔する始末だった。

　康正元(1455)年八月二七日、義政は二〇歳で重子の大姪・日野富子を御台所に迎え、分一銭徳政改正などの税制政策により幕府財政が急速に回復。翌康正二(1456)年に長年の懸案であった内裏再建を達成し、七月には義政の右近衛大将拝賀式が盛大に執り行われるなど、将軍としての義政全盛期を迎えた時期でもあった。

　長禄三(1459)年一月九日、富子との間に第一子となる男子が生まれたが、その日の内に夭折した。富子共々悲嘆にくれた義政は重子から「（義政の乳母であった）今参局が呪詛した。」と耳打ちされるとこれを真に受け、同月の内に彼女を琵琶湖沖島に流罪とした（本人は途中で自刃させられた）。次いで二月八日には側室四人も今参局の呪詛に同意したとして、御所から追放。この辺りから、人としての歯車も狂い出した、と薩摩守は見ている。

　今参局に替わって、近臣の伊勢貞親が急速に影響を強め、義政の親政は強化されていった。貞親は義政の将軍職就位前から「室町殿御父」と呼ばれる存在で、右大将拝賀式では大名並みの扱いを受けた。だが、一方で守護大名達の反発は強まっていった。
　義政が室町殿に移ったことで貞親の姉妹が嫁いでいた公家の日野勝光（富子の実兄）が発言力を高めることになった。だが、義政が長禄四(1460)年九月に命じた畠山家家督に関して、一族の義就が命令に従わず畠山氏内で内紛となり、戦乱を逃れた流民が大量に京都に流入。追い打ちをかける様に災害が相次ぎ、寛正二(1461)年の大飢饉は京都にも大きな被害をもたらし、一説では二ヶ月で八万二〇〇〇の餓死者を出し、賀茂川の流れが死骸のために止まるほどであったとされる。
　この惨事に同年春、後花園天皇が漢詩で義政に「満城紅緑為誰肥」と訓戒する詩を送った程だった。

　寛正五(1464)年七月一九日に後土御門天皇が践祚し、後花園上皇が院政を始めることになると、義政は院執事に任じられた。続いて、一一月二七日には後土御門天皇の即位式が行われ、翌日には関白二条持通の提案によって義政は准三宮となった。
　これに受けて同年一二月、実弟の義尋(ぎじん)を還俗させて足利義視と名乗らせ、養子として次期将軍に決定した。また、義視の正室には富子の妹である良子が選ばれた。

　寛正六(1465)年一一月、富子に男児、後の義尚が誕生した。だが義視は義尚誕生後も順調に官位昇進を続け、義尚を生まれる四ヶ月に側室・茶阿局が生んだ男児（後の等賢同山）も文正元(1466)年四月に天龍寺香厳院へ出家させた(実際、義視との間で義政に実子が生まれても出家させることになっていた)。
　文正元(1466)年七月三〇日には義視と富子の妹の間にも男児（後の足利義材）が誕生しており、義尚誕生が則後継者争いとなった訳では無かったが、義尚の乳父であった伊勢貞親等近臣が義政の将軍継続を望んでおり、義視を支援する山名宗全・細川勝元等との対立は深めたことで世はきな臭くなった。

　義政は斯波義敏を斯波家の家督を継承させ、追討令の出ていた大内政弘も赦免し、有力大名である大内氏と斯波氏の引き入れを図った。しかし山名宗全・細川勝元等はこれに抵抗し、斯波氏でも家督を追われた斯波義廉が反発したため、義政は義廉追討命令を出したのだが、宗全・勝元は従わず、義廉は義視に接近した。
　この動きに疑念を抱いた貞親は九月六日に義視の排除に動き、謀反の疑いで義視を切腹させるよう訴えた。義政も一旦は義視を切腹させるよう命じた（←おいおい）が、勝元・山名宗全等によって制止され、貞親等は逃亡、義政側近は解体に追い込まれた（文正の政変）。
　しかしこの件で急速に権力を拡大した勝元と宗全は（両者は義理の舅・婿の間柄だったのだが）対立するようになり、側近達を失ったために義政は一時政務を放棄した。
　これをよそに諸大名が義視を一時的な代理として立てて政務を行い始め、これを見た富子は不安を高め、この頃から義視への警戒感を抱き始めた。

　一二月、畠山義就が宗全の呼び出しで上洛。文正二(1467)年一月、義政は義就の畠山家督を認めた。これに反発した政長は義就と合戦に及び義政は各大名に介入を禁じた。
　だが勝元は従ったものの、宗全は公然と義就を支援し、勝元の面目は丸潰れとなったことで五月、遂に宗全方との戦闘が始まった（上京の戦い）。
　所謂、応仁の乱の端緒である。応仁の乱を詳細に書けばそれだけで一つのサイトになりかねないので、可能な限り簡略に留めるが、表向きは畠山家の家督を巡って対立関係にあった東の細川勝元と、西の山名宗全が争い、ここに大小の大名が加勢したり、これを好機として各地で争ったりした。
　義政の居する花の御所は、開戦前には義廉が管領に就任したことで西軍が掌握していたが、実際に開戦してみると一転して細川方の東軍が掌握する展開になった。
　しかし、奉公衆の大半は東西両軍に反発する形で御所を封鎖したため、義政も当初は中立の姿勢を取って両軍に対して停戦命令を出した。しかし、六月に勝元に将軍の御旗を与え、宗全追討を命令した。但し、これは東軍による花の御所包囲の強化によるところが大きく、義政や日野勝光は御旗の下賜に抵抗し、義政は一時将軍の進退を考慮するほどであったと云うから、東軍に味方するのは本意ではなかったことだろう。
　しかし、その裏で日野勝光・富子兄妹は秘かに西軍とも連絡を取り続け、勝元も義政が宗全に心を寄せている疑念を持っており、当初は足利義視を幕府軍の総大将として推す動きを見せた。戦乱は後南朝の皇子まで参加するなど、収拾がつかない全国規模なものへ発展した。
　八月になって後花園上皇と後土御門天皇が戦火を避けて花の御所に避難すると、義政は急遽御所を改装して仮の内裏とした。以後、文明八(1476)年に花の御所が焼失して天皇が北小路殿（富子所有の邸宅）に御所を移すまで、天皇と将軍の同居という事態が続くことになった。

　その頃、義視は東軍の総大将とされたが、勝光・富子兄妹との不仲が深刻化した上、義政が義視排除の急先鋒であった伊勢貞親の呼び戻しを図った。これを受けて義視は八月に突如伊勢に出奔。翌応仁二(1468)年九月になって義視は義政の説得に応じて帰京するが、閏一〇月に貞親の赦免と復帰が決定され、更にかつて自分を支援していた勝元からは出家を勧められ、有馬元家は義政の命令によって突然処刑されるなどの事態に遭遇したことで面目を失い、一一月一三日に秘かに出奔して同調する一部の公家や奉行衆と共に西軍に移った。
　これに激怒した義政は義視討伐のための治罰院宣を獲得し、西軍と事実上の絶縁を行った。一方、西軍は東軍によって解任された前管領斯波義廉がおり、義視を「将軍」、義廉を「管領」と見做す体制が構築されたが、実際の将軍宣下を受けていない義視の権威は盤石とは云えなかった。
　一方、東軍も細川勝元・日野勝光・伊勢貞親が三すくみの状態で対立し、文明二(1470)年に勝光の子・日野資基が義政の不興を買って一時自害を命じられ、翌年四月には伊勢貞親が出奔して翌月に出家するなど、混乱が続いた。

　文明五(1473)年、西軍の宗全、東軍の勝元の両名が相次いで死んだことを契機に、義政は一二月一九日に将軍職を子の義尚へ譲って正式に隠居した。義政は既に応仁元(1467)年に左大臣を辞任しており、准三宮として親王よりも上位の宮中席次を約束されていた。だが、公式には無官となり、朝廷ではその後義政に太政大臣任命の打診を複数回行ったが、すべて辞退した（父・義教の官位を超越することを憚ったと云われている）。
　とはいえ、義尚はまだ九歳の幼少で、実権は義政にあり、富子の兄・勝光や伊勢貞宗(貞親の息子)がこれを補佐した。また近習を使って和平工作に取り組んでいた義政は管領を除外して奉行衆や女房衆を中心とした政治体制が構築する一方で享楽的な生活を送っていたとされている。

　東西両軍の主将が相次いで死去したことで山名氏と細川氏との間では和睦が結ばれたが、他の大名は引き続き戦いを続け、応仁の乱は終わらなかった。文明八(1476)年閏五月、勝光が和睦の斡旋を行おうとしたが失敗。勝光は翌六月に急死し、代わりに富子が義尚の母として政務に関与するようになった。
　富子の政務への関与は原則としては義政の立場を超越しないという前提があったが、義政が政務への関心を失っていく中で、その範囲は広がっていくことになった。七月に義政が和睦の斡旋に動き始めることになったが戦乱は止まず、一一月には花の御所が戦火で焼失、義政は富子と義尚と共に小川殿へ移った。

　翌文明九(1477)年三月に西軍最大の勢力を持つ、大内政弘に対する討伐命令が撤回され、一〇月に正式に赦免された。これを契機に他の大名も次々と赦免を受け、赦免を受けていない大名も含めてすべての大名の兵が一一月には京都を離れ、ようやく応仁の乱は終わった。
　だが、幕府権力・権威は著しく低下。土岐成頼に連れられて美濃に下った足利義視も翌文明一〇(1478)年に伊勢貞職(貞親の甥)を上洛させて謝罪したことで、七月一〇日に赦免を受けた。

　文明一一(1479)年には義尚が判始めを行い、政務を執ることとなったが、義政は権限を殆ど手放さなかった。そのため、義尚は大酒・奇行に走るようになり、翌年・翌々年と髻を切って出家しようとする騒ぎを起こすこととなる。富子と義尚の関係まで次第に悪化していくことになった。
　文明一三(1481)年、義政は富子から逃れるように長谷の山荘に移り、翌文明一四(1482)年から東山浄土寺の敷地であった場所に東山山荘、所謂、東山殿の造営を本格化させた。元々、義政は義視に将軍職を譲った後は祖父の義満の北山山荘に倣った山荘を造営してそこから後見する構想を抱いていたが、応仁の乱などで中止となっていた。
　しかし、諸大名からは石の献上はあっても、費用の取り立ては思うようにいかず、京都がある山城国の公家領・寺社領からの取り立てで補うこととなった。当然、様々な負担を命じられた寺社勢力と各地でトラブルが発生した。近衛政家の取成しで視察を改めて実施することで事態は収拾されたものの、大寺院である興福寺に対しても容赦のない姿勢を取る義政に他の寺院は為す術はなかった。

　文明一四(1482)年一一月、義政は古河公方・足利成氏と和睦し、二〇年以上に渡った京都と関東の対立を終結させた（都鄙和睦）。既に上杉氏との和睦を実現させていた成氏は上杉房定（越後守護・関東管領上杉顕定の実父）や上杉政憲（堀越公方重臣・幕府御部屋衆一色政熈の兄弟）等を通じて和平を試みていたが、義政は伊豆国を堀越公方足利政知に譲ることを条件に成氏の赦免を認めたのであった。

　文明一五(1483)年六月、建物がある程度完成したところで義政は東山山荘に移り住み、以降は「東山殿」と（それに伴って義尚は「室町殿」と）呼ばれることとなった。だが、実際には義尚は多くの分野で義政の承認が無ければ裁許を行うことが出来なかった。

　文明一七(1485)年六月一五日に至って、義政は出家して事実上政務から離れることを決め、翌文明一八(1486)年一二月には改めて政務からの引退を表明した。
　しかし、対外関係と禅院関係（所領問題や公帖の発給）については最後まで義政は権限を手放そうとせず、伊勢貞宗や亀泉集証の補佐を受けて自身で裁許した。
　幕府権威回復のために義尚が六角討伐を行うと、幕府軍による現地の寺社本所領の兵粮料所化による事実上の押領が行われ、却って被害を受けた寺社などの荘園領主達からは義政の政務への関与による救済が期待される状況となってしまったため、義政は度々政務に介入することとなった。

　延徳元(1489)年三月、義尚が六角討伐の陣中で死去。足利政知と細川政元は政知の子で、天龍寺香厳院に入寺していた清晃(後の足利義澄)を還俗させて次期将軍に立てようとし、義視と富子は義視の嫡男・義材を次期将軍に立てようとした。
　ところが、義政はここで再び自分が政務を執る意思を明らかにし、七月には東山山荘に事実上の政庁となる寝殿の造営を開始した。しかし八月に義政は中風に倒れ、一〇月に再び倒れて病床に伏した。この時、義政はようやく、義視と義材の面会を許した。
　義政の政務に対する意欲は尚も残されていたが、延徳二(1490)年一月七日、義政は銀閣の完成を待たずして、義尚の後を追うように死去した。足利義政享年五五歳。


毒親振り　個人的主観だが、足利義政の人となりを手っ取り早く理解するには、薩摩守はゆうきまさみ氏の漫画『新九郎、奔る！』(小学館)をお勧めする。
　薩摩守は過去作「恐妻家列伝」において義政を取り上げ、彼を直接取り上げていない作品でも折に触れて「戦国時代を始めさせたA級戦犯」として、主に政治的な無責任さを批難してきた。
　勿論その後も自分なりに義政に関する記述のある書籍を読む度に義政に対する考察を深め、『新九郎、奔る！』には（義政だけではないが）学ぶ所が多かった。そして同作が最初に義政の人となりを主人公・伊勢新九郎（北条早雲）の口から語らせたのが、「たやすく前言を翻し過ぎる。」だった。

　さすがにこの一言で足利義政という人物を切り捨てるのは乱暴だし、そこまで人間は単純ではないのだが、義政の言質を取ったからと云って後々の安心を得られないのは、人として信用に値出来ない重大欠陥で、子である義尚も、妻である日野富子も、「お父様（おててさま）」と呼ばれた伊勢貞親も大いに悩まされた。

　例を挙げればキリがないので、本作の主旨である「毒親」に絞って論じるが、いの一番に挙げられるのはやはり後継者問題だろう。
　薩摩守は義政が我が子に対して愛情を持たない人間だとは思っていない。愛情そのものは人一倍強かったが、それ故にやることなすことが極端過ぎた。上述したが、義政と富子との間に生まれた最初の男児は生まれたその日に亡くなった。これを受けて乳母の今参局が呪詛したとの讒言を真に受けて彼女を強い追いやった妄動には眉を顰めざるを得ないが、百歩譲って「愛情故の盲目」と取れなくはない。

　問題はその数ヶ月後に四人の側室を追放したことである。

　名目は彼女達が今参局の呪詛に加担したとして処罰したものだが、彼女達はいずれも義政の娘を生んでいた。つまり娘達にとっては讒言で実母を追放したとんでもない毒親ということになる。
　よりによって女児とはいえ、義政の子を産んだ者ばかりが追放されたことで、一連の讒言を日野家と将軍家との結び付きを強めんとした義政母・重子の陰謀と見る向きもあるが、普通に娘に対する愛情があれば、ここまでの厳罰に走るものだろうか？
　まあ、逆の見方をすれば、娘に対する愛情があったから、追放に留めたと見れなくもない。

　そして問題は親としての義尚に対する接し振りである。
　寛正六(1465)年一一月二三日、富子が義尚を産んだ。弟・義視を後継者にするとして還俗させてから九ヶ月しか経っていなかった。義視は義政から還俗を持ち掛けられたとき、乗り気ではなかった。
　その理由は二つあり、一つは父であった第六代将軍・義教が還俗将軍で、最後には暗殺されたことにゲンの悪いものを感じていたこと、そしてもう一つは義政と富子との間に男児が生まれる可能性であった。義視が還俗した時、義政は二九歳、富子は二五歳で、そもそも隠居には早過ぎ、二人の間に新たな子供が出来ることは全然考えられる話だった。
　義視は義政に子が生まれる可能性を案じ、もし子が生まれたときはどうすか？と兄に問うた。義政は子供が生まれた場合はすぐに僧にすると約し、義視に将軍後継は揺るがないとした。

　実際、この五ヶ月後に側室・茶阿局が男児（後の等賢同山）を生んだ際は前言通りすぐに出家させ、富子が義尚を産んだ後も、義視の官位は順調に昇進し続け、このことから義政に義視の立場を変えるつもりはなかったと思われる。
　だが、幕政を我が物にせんとする幕府重鎮や有力守護大名や暗闘を繰り広げ、これに対して義政を明確な態度を示さなかった。

　これも上述したが、伊勢貞親が義視を讒言し、義視は切腹の危機に曝された。だが、山名宗全等の説得受けて義政がこれを撤回したため、貞親の方が讒言者として京を出奔する羽目に陥った。
　そして応仁の乱が勃発した際も、義政は当初中立の立場を取り、諸大名に東軍の細川勝元にも、西軍の山名宗全にも加担しないよう命じたが、コロコロ変わる頼りない采配に諸大名も真面目に従わなかった。
　結局、東軍に渋々錦の御旗を与え、義視を総大将に任じたかと思いきや、その義視が富子及びその兄の日野勝光と不仲になったことで出奔し、回り回って西軍総大将になってしまった。一応弟とは云え、義視は将軍になる為に義政の養子になっていた訳だから、義政は義視にとっても「毒親」だったと云える。

　結局、応仁の乱は宗全と勝元が相次いで病没したことで規模が縮小し、それを契機に義政は隠居し、義尚に将軍職を譲った。規模が縮小したとはいえ、まだまだ乱自体は収まっていない中、また九歳の息子に将軍職を譲ったのだから、親として無責任極まりない。

　一応、拙房の主旨に基づいて、可能な限り多面的な見方をすると、室町幕府に在ってまだ三〇、四〇代の働き盛りである将軍が一〇歳前後の我が子に将軍職を譲り、その貢献をした例は少なくない。義満から義持、義持から義量にも見られる話である。好意的に見るならこの将軍職委譲も、義視ではなく、義尚が後継であることを満天下に示すことで有力守護大名達の争いを収めんとしたと見れなくもない。
　また義尚の年齢を考えれば、義政が引き続き実権を握るのは当たり前の話である。ただ、それを考慮に入れて尚、やはり義政は義尚にとって「毒親」だった。

　拙房でも何度も触れているが、上皇が院政を執ったり、将軍が大御所となって実権を手放さなかったりした例は実に多い。後継者争いを未然に防ぐ為に敢えて働き盛りの当主が幼い我が子にその座を譲った場合は後見が必要なのは自明である。ただ、いずれは我が子を一人前の当主にする為にも、ある程度の年齢で全権を委譲するか、全権ならずとも徐々に委譲するのが定石である（あの織田信長も、美濃での統治は息子・信忠に任せていた）。
　だが、義政は丸で権力を手放さなかった。

　征夷大将軍が実際の政治に参画したことを示す儀式に「判始め」なるものがある。要するに命令書に初めて判子を押す行為だが、義尚がこれを行ったのは文明一一(1479)年で、将軍就任から四年も経過していた。
　一応好意的に見るなら、応仁の乱が終結した二年後のことで、乱の最中に息子に万が一にも誤った命令を出させない為の親心と見れなくはない。だが、判始めを経て尚、（義尚がまだ一三歳ということもあったのだろうけれど）義政は権限の大半を手放さなかった。

　判始めの花押すら、義政の代筆とする説があり、御飾りの将軍であることに鬱屈を貯めた義尚は両親に反発し、何度も出家したがる始末だった。この問題に対し義政は富子と協力して解決を図るどころか文芸に耽溺し、富子とも別居・同居を繰り返した。
　文明一五(1483)年六月に義政は東山山荘に移り、これによって義尚は「室町殿」と呼ばれることとなり、翌々年の文明一七(1485)年三月には将軍の象徴とされていた大鎧・御小袖を安置するための空間が義尚の御所である小川殿に造営され、義尚の将軍としての体裁は徐々に整えられたが、それでも義尚は多くの分野で義政の承認が無ければ裁可を行うことが出来なかった。

　そして文明一六(1484)年五月、義尚の側近奉公衆と義政の側近奉行衆が武力衝突する事件が起き、一二月には義尚の内諾を得た奉公衆が東山山荘造営の責任者の一人でもあった政所執事代・布施英基を殺害するなど、義政と義尚の対立は激化。そのため、六月一五日に義政は臨川寺三会堂において月翁周鏡を戒師として出家して、事実上政務から離れることを決め、翌文明一八(1486)年一二月には改めて政務からの引退を表明した。
　時に義政五一歳、義尚二二歳。一応、実権委譲の年齢としては妥当と云えなくもない。

　だが、義政は対外関係と禅院関係の権限ついては最後まで手放さなかった。
　これも少し弁護すると、上述した様に幕府権威回復の為に義尚が六角討伐に出陣して戻って来ず、幕府軍による現地の寺社本所領の兵粮料所化による事実上の押領が行われ、却って被害を受けた寺社などの荘園領主達からは義政の政務への関与による救済が期待される状況となってしまったため、ということもないではない。
　だが、そもそも義尚が自らの手による六角征伐に意固地になったのも、義政が権限を握り続けたためでもあった。

　結局延徳元(1489)年三月、義尚が六角討伐の陣中で死去。それから一〇ヶ月後に義政は死去した。心待ちにしていた銀閣の完成を待たずしての死で、一応は趣味よりも息子の死に対する想いの方が強かったと見るべきだろうか。
　足利義政という人物、趣味であれ、政治的判断であれ、こうと決めたら断交する力は充分に持っていた。没頭した文芸分野でのセンスは決して「下手の横好き」ではなく、東山文化大成への貢献度も計り知れず、決して無能ではなかった。逆に興味のないこと、面倒と思ったことへは恐ろしく冷淡で、それが義尚と室町幕府を充分に育てなかった「毒親」振りはその後の歴代足利将軍のみならず、戦国時代に突入した時代で多くの人々を塗炭の苦しみに陥れたと思うと、やはり薩摩守は織田信長・源頼朝以上にこの人物に対する嫌悪感を拭えないのであった。


子のその後　息子・足利義尚に先立たれたことで、足利義政薨去後に彼の子は存在しなかったので、この項目は意味を成さない。義政には正室・日野富子との間に生まれた三男三女を初め、一四人の子がいたが、たった一人を除き、全員に先立たれている（可哀想なことに多くが生まれたその年や、幼少のみぎりに世を去っている）。

　例外であるたった一人とは、富子との間に生まれた女子・光山聖俊で、景愛寺・大慈院・宝鏡寺の住持となった人物である。名前から分るように僧籍に入った故、彼女が子を成したとは思えないので、義政の血筋は完全に途絶えている。

　故にこの頁ではこの項目は割愛せざるを得ない次第である。




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令和七(2025)年一一月二三日　最終更新