Final.「最凶」にして、「最狂」にして、「最強」の存在=人間


■ 何故人間に注目するのか。
 少年の日、いつの頃からか、ウルトラマンや仮面ライダーを応援しなくなっていた。嫌いになったのではない。「勝つのが当たり前」だったので、敢えて応援しようと思わなくなっていたのである。
 その代わりに応援に力を入れる様になったのが、立花藤兵衛や滝和也 (千葉治郎)を初めとするライダー周辺の協力者達や、科学特捜隊を初めとする正義のチームだった。特に本来なら自分達の手で怪獣・超獣・宇宙人・円盤生物を倒すべきである正義のチームの応援には力が入った。

 もし現実に悪の組織や怪獣が現れて無辜の市民に危害を加える様なことがあった場合、それを逮捕・拘束、場合によっては射殺するのは警察の仕事である。もし一般の警察官の手に余れば機動隊、それでも厳しければ自衛隊が出動することになるだろう。逆を言えば一般人が身の危険を冒してまで悪の組織や怪獣と戦わなければならない義務はない。  だが、正義のチームはそれが職務なのである。故に彼等は怪獣や宇宙人を倒せず、ウルトラ兄弟に依存する傾向が生まれることで、時として世間の非難を浴びることもあった。

 科学特捜隊ではイデが苦悩し、ウルトラ警備隊ではソガが自らの至らなさがウルトラセブン=モロボシ・ダンを死に追い遣ったとの自責に捉われ、MATでは宇宙人侵略阻止を宣言した上野 (三井恒)が暗殺宇宙人ナックル星人に嘲笑され、TACでは地獄星人ヒッポリト星人がウルトラ5兄弟を破った為、守る筈の民衆から「星人に逆らうな!」との罵声まで浴びせられ、ZATでは改造ベムスターに敗れたことを子供にすら呆れられという屈辱に苦しみ、MACは円盤生物シルバーブルーメの為に全滅と云う最悪の仕打ちまで受けた。
 ストーリー上置かれた役割からも、正義のチームに怪獣を倒すとの期待はそう簡単に抱けるものではなかった。いつもいつも正義のチームが怪獣を倒したのではウルトラ兄弟の出番は無いのだから。

 だが、判官贔屓なのか、そんな役割を振られた正義のチームだからこそ、彼等の勝利―本来なら当たり前の職務を遂行しただけ―のことにシルバータイタンは必要以上の喝采を叫ぶようになった。
 だがその最大の要因は、

「シルバータイタン自身が弱い人間である。」

 ということに在ったと思っている。
 「強い者が勝つ」のは当たり前で、「弱い者が勝つ」ということに、幼少の頃から弱さゆえに勝利と縁遠かった我が身を重ねている点は決して否定出来ない。

 だが、忘れてはいけないと思う。
 本当に勝つべき者は、「強き者」ではなく、「正しき者」であることを。
 「正義は必ず勝つ」と云う言葉が空しく受け止められるようになって久しいが、正義が滅びることは決して無く、悪しき者でも自らを正義と思い込んで戦う者、勝った後に自らが正義であることを自認する者もまた多い。

 ウルトラ兄弟も、仮面ライダーも、すべての戦いに勝利出来た者は極めて少ない。ゼットン、分身宇宙人ガッツ星人、用心棒怪獣ブラックキング、ファイヤーモンス、火山怪鳥バードン、奇怪宇宙人ツルク星人に敗れた際に正義のチームは必死に善後策を講じ、決死の攻撃を敢行した。トカゲロン、アリガバリ、死人コウモリ、サイタンク、マッハアキレス、キノコ獣人、岩石男爵、シビレイジン、ギョストマ、怪魔ロボットヘルガデム、etcといった怪人達の脅威に対して、ライダー周囲の仲間達は、時にライダーの特訓を手伝い、時にライダー対怪人の隙を縫っての一撃でライダーの勝機を作り、時にライダーに代わって破壊工作を阻止したりした(怪獣・怪人を倒すことは大切だが、怪獣・怪人による被害を未然に防ぐことはもっと大切な筈である)。

 本作に取り上げた以外にも、「人間の勝利」は数多くあり、それ以上に「人間の成した功績」は数多く存在すると断言する。
■「非力」でも「無力」にあらず
 漫画『ドラゴンボール』の最終盤に孫悟空がいざ元気玉でもって魔人ブウを倒そうとした時のことだった。
 「たまには地球人にも責任を取らせる。」というベジータの考えで、地球人全員からのエネルギーを集めた元気玉で魔人ブウを倒すこととなり、充分なエネルギーの籠った元気玉が作られた。
 だが、提案者であるベジータが大ダメージを負ったために魔人ブウの前で動けずにいた。彼を巻き添えにすることを恐れた悟空は元気玉を放てずにいた。勿論ベジータは自分に構うなと云う。テレポーテーションを駆使して魔人ブウの反撃をかわした悟空はベジータの姿が消えていることに気付いた。

 ベジータを助けたのは格闘技チャンピオンのミスター・サタンだった。ベジータを抱えながら戦線離脱に疾走していたミスター・サタンは悟空に「やれー!早くやっちまえ!」と叫び、悟空は「やるじゃねぇか、ミスター・サタン。おめぇはほんとに人類の救世主化もな!」と叫んで元気玉を放ち、その後順調ではなかったものの、結果として魔人ブウ打倒は達せられたのだった。

 『ドラゴンボール』後半、ナメック星人、超サイヤ人、人造人間、魔導師、魔人が幅を効かせ、クリリンを初めとする地球人の戦闘能力は殆ど戦力にならなくなっていた。まして舞空術やかめはめ波も「トリック」と思い込む様な戦闘能力のミスター・サタンは登場時、何の戦力にもならない傲慢なだけの男だった。
 だが、魔人ブウ編では、お調子者ながら、媚び諂う内に魔人ブウの心に善を植え付け、最後の元気玉作戦ではその知名度から地球人のエネルギーを集めるのにも貢献していた。
 この一連の、ミスター・サタンの活躍に喝采を叫ぶ者は多いだろう。

 例題紹介が長くなったが、シルバータイタンが「人間の勝利」に叫ぶ快哉はこのミスター・サタンへのそれに近いものがある。
 いくら信念・根性・才能があったとしても、小学生の野球チームがプロの野球チームに敵わない様に、幼稚園児の相撲チャンピオンが本職の幕内力士に勝てない様に、竹槍武装の帝国が核兵器を装備した大合衆国に敵わなかったように、どう足掻いても勝てない相手と云うものは存在する。
 単純に考えて、生身の人間がこれと言った武装も無しに1tを越える存在相手に一騎打ちを張ることが出来るだろうか?答えるまでもないだろう。

 ゆえにシルバータイタンは、少年ライダー隊隊員に素手でイカデビルを倒せとか、がんがんじいにネオショッカー大首領を投げ飛ばせとか、 MAC隊員にMACナイフ1本で巨大化した怪異宇宙人ケットル星人を打ち果たせとか、カプセル怪獣アギラにエンペラ星人を叩きのめせと云うつもりはないし、そんなシーンが実際に出たとしても面白くもなんともないと思う。

 出来ることをやり、それがその能力内で出来ることを少し上回ったり、出来ることの積み重ねが巨大な戦果を挙げたりしてこそ、現実味があり、且つ痛快なのである。
 そうした観点を持って、長期的に見てみると特にウルトラシリーズ正義のチームの戦果は凄いものがある。ゼットン、ベムスター、ベロクロン、宇宙大怪獣ムルロア、グローザム、といった名立たる存在が人類の力で打ち果たされている。
 そしてその勝利過程を見ると、人類が取った戦略戦術は決して無謀なものではなく、勝利時に使用された兵器とて正しくつかわれなければ功を奏してなかったであろうことは想像に難くない。

 身体能力・科学力・種の起源において自分達を遥かに凌駕する存在と戦うのに人類は余りにも無力で、ウルトラ兄弟・仮面ライダー・メタルヒーロー・スーパー戦隊の助け無くば、悪ければ人類滅亡、良くても圧政に虐げられる存在となっていただろう。だが、ウルトラ兄弟・仮面ライダー・メタルヒーロー・スーパー戦隊もその多くは何処かで一般ピープルの助けが無くては悪の前に命を落としていたと思われるものばかりである。
 そんなヒーローの危機を救い、また、ヒーローの危機に見事勝利を収めた人類の力は決して無力ではないことが伺えるのである。

 繰り返す。人類は「非力」であっても、「無力」ではない。空想でも、現実でも。


■ 「人間の勝利」に馳せて来た想い
 拙サイト・特撮房の各作品と比しても、今回の『人間の勝利』はかなり頁数の多い作となった。だがその一方で、「今回作で初めて触れた」と云うものは非常に少ない。

 それぞれについて触れると、 「1.イデ隊員VSジェロニモン……依存心を振り払った勝利」、「2.岩本博士VSゼットン……試作品で宇宙恐竜を撃破」、「4.TAC VSファイヤーモンス……歴史を超えて受け継がれた武器」は『もっと使えよ!!−もったいな過ぎる秘密兵器』で触れている。

 「5.ZAT VS再生改造ベムスター&再生改造ベロクロン�鏡ぁ帖沈冉�の無念を連発解消!」、「10.UGM VSマーゴドン……自存自衛への決意」、「11.相原教授VSクロイゼル……情と使命の狭間で」、「12.著名人達VSマリバロン……帝国が恐れた抵抗分子」、「13.ボクサー沢田VSバルンボルン……偽りのヒーローを追い出せ」、「14.総理大臣VSマリバロン……二度は屈しなかった決意」は『菜根版戦闘員VOW』でも触れており、我が事ではあるが、共に人間が尽力したことについて触れるとシルバータイタンのキーを打つ指に力が籠るのが見て取れる。

 「6.立花藤兵衛VSガランダー帝国……忍者もびっくりの潜入と阻止」は『奮闘!立花藤兵衛』で触れた。両作品の制作に余り時間が空いていないことから、改めてこの時の藤兵衛の活躍が自分中で強印象を持っていることを感じている。

 「7.美山あゆみとその友達VSブラック指令……レオ感動の勇気と奮起」は今(2015年5月9日現在)となっては10年以上も昔に『帰ってきた菜根版怪獣VOW』で触れたことである。

 「8.井上警備員VSサイダンプ……命に代えてもダムを守らん」、「9.百鬼村小学校児童一同VSキギンガー……脅迫を弾き返した親子の絆」は『客演−ライダーのみにあらず』と『悪のコンビネーション―組み合わせを考えんかい!―』の2作品でも採り上げている。「どんだけ想い入れが強いんだ?」と自分で思ってしまう(苦笑)。

 「17.CREW GUYS VSグローザム……発動!「Pride of girls」」は『帰ってきたウルトラメン』で取り上げたのが初出である。

 よって全くの初めて取り上げるのは「3.ウルトラ警備隊VSワイルド星人……たった一つしかない自分だけの命」、「15.杉田守道・桜井VSラ・ドルド・グ……研究と追跡を重ねた果てに」、「16.氷川誠VS風のエル……「ただの人間」ここに極まれり!!」、「18.火野映司&泉比奈&&少年&現代人&江戸時代人&ベル……綺麗事?いいえ、純粋過ぎる欲望です!」の4作だけである。
 これは何を意味するのか?

 現実を語ると、ウルトラ兄弟も仮面ライダーも実在しない。少なくとも2015年5月9日現在では改造人間や巨大宇宙人が人類の為に未知なる存在と戦ってくれたりはしていない。
 その一方で、ショッカーやデストロンよりもえげつないテロ組織が実在し、建造物や市町村を傷付けずとも人の心を傷つける言論が横行し、自制の効かない個人が個々人範囲での傷害・殺害行為に及ぶ可能性は残念ながら充分に存在する。
 つまり悪の改造人間や怪獣・超獣・円盤生物・宇宙人がいなくとも、人間には「同じ人間」と云う最凶にして最狂にして最強の存在が周囲に同居しており、自らは加害者になる可能性も被害者になる可能性も秘めているのである。
 勿論、加害者にも被害者もなりたくないし、特撮番組を見なくても現実は常に眼前にある。だからこそ、シルバータイタンは特撮世界の、現実を遥かに超える状況下に置かれた人間のリアリティーある活動を長く注目し、語ってきたし、これかもヒーローの活躍とともにこれからも注目し、称賛していきたいと考えるのである。

平成二七(2015)年五月九日 特撮房シルバータイタン




前頁へ戻る
冒頭へ戻る
特撮房へ戻る

平成二七(2015)年五月九日 最終更新