末弟考察

 「末弟」とは、読んで字の如く、「兄弟の中で一番末に生まれた弟。」という意味である。字面だけで見れば、二人兄弟の弐番目に生まれてきた者は必然的に「末弟」になる訳だが、本作で注目するのは男兄弟が少なくとも四人以上いる中で末に生まれた者である。

 勿論昔程子の数は多く、幼児期に死亡する者も多かったため、身分の高い者ほど妻妾を複数迎え、数多くの子供を作った。当然、多くの兄弟が存在し、兄弟の数だけ(というと語弊があるが)末弟も存在した。
 薩摩守が今回「末弟」という存在に注目したのは、人間の感情として兄弟が数多くいれば「末弟」と云うものが感情移入され易い様に思われることが多くあるからである。

 特にフィクションの世界で主人公に男兄弟が数多くいる場合、主人公は末弟であることが多い(気がする)。『北斗の拳』の主人公・ケンシロウは四人兄弟(ラオウ・トキ・ジャギ・ケンシロウ)の末弟で、『瑪羅門の家族』の主人公瑪羅門龍は三人兄弟(凱・翔・龍)の末弟だった。
 また厳密には「末弟」ではないのだが、『ウルトラマンタロウ』の主人公ウルトラマンタロウは同作で「ウルトラ六兄弟」という言葉が生まれた際に極端に「末っ子」であることが強調された(後々ウルトラ兄弟の数は増え、タロウには弟や息子迄出て来ているが、タロウ程「末っ子」を力説された者はいない)。

 そしてフィクションのみならず、現実の世界でも兄弟の中にあって末弟は注目されがちな気がする。それは恐らく、「一番下」故に、様々な意味で「か弱い存在」と見られがちで、有能さを発揮すれば、「一番若いのによくやる。」と思われがちだからではなかろうか?
 確かに末っ子は両親から溺愛される傾向が強い。まあ父親がまだまだ子供を作れる年齢で没したことで末っ子となった場合は末っ子待遇を得られないままのケースもあるだろうけれど、その場合でも「最後の子」として家庭の内外から見られることに間違いはない。
 そこで本作では歴史上の「末弟」の立場に置かれた者が、その立場故にどのような境遇に置かれ、歴史に如何なる足跡を残したかを検証してみたい。

※予め申し上げておきますが、古代程乳幼児死亡率が高いため、本作で採り上げた人物が「真の末弟」でないことは充分あり得ます。
※他に弟がいるのを承知の上で、「実質的な末弟」として取り上げている者もいます。


第壱頁 藤原麻呂……辣腕家の中の穏健派
第弐頁 源行家……THE・連絡係
第参頁 源義経……判官贔屓は末弟故か?
第肆頁 武田信清……亡父好敵手の下で御家存続
第伍頁 島津家久……矜持と謎の死
第陸頁 織田有楽……頼りになるのかならないのか微妙な人
第漆頁 大野治純……生き残れたのに家族に殉じた?
第捌頁 徳川頼房……末弟が血筋に残した「密命」
第玖頁 徳川吉宗……数奇な兄弟仲が持った複雑感情
第拾頁 末弟の持つ「立場」と「武器」


次頁へ
戦国房へ戻る

令和六(2024)年四月四日 最終更新