既にバレバレと思いますが、タイトルは超有名映画『男はつらいよ』のパクリです。


嫡男はつらいよ

嫡男故に想うこと

 唐突であるが、薩摩守は三人兄弟で、その最年長である。
 下には二人の妹がおり、所謂「跡取り」である。
 ちなみに道場主の父は朝鮮半島から渡ってきた夫婦が為したH家の四男に生まれたので、父は分家初代なのだが、長男である伯父は宗家の二六代目(らしい)。その伯父の長男 (薩摩守の従兄)にしてH家二七代目次期当主は現当主の嫡男で、先代二五代目当主の嫡孫に当たる。
 と、こんな私的な解説をしておきながら何だが、平成の御代に、しかも日本人に帰化した今になって家系など然程重要でもない。
 重要なのは分家二代目である薩摩守に三代目が生まれる要素が欠片もない(早い話結婚していない)ことを親戚中からやいのやいの云われることぐらいである(苦笑)。
 しかしそれもこれもやはり「血筋を残す」ということがどこかで重視されているからでもある。


 薩摩守の身内が「身を固めろ。」と口酸っぱくして勧めるのも、「男は妻子を養い、家庭を構えて初めて一人前」という古風な考えが根強く残るからだろう(薩摩守自身、一部その考えを引きずっている)。  単に子を為すだけでなく。為した子供が然るべき年齢に成人するまでに薩摩守が働ける年齢であることを計算するからこそ、4?歳の今(平成二七(2015)年七月現在)、親戚の中でも最も口喧しく云われる対象となっている側面がある。
 逆を云えば、薩摩守の二人いる妹の内、下の妹は長男に嫁ぎ、長男を産んだことで嫁ぎ先一族にとっての初孫(=嫡孫)、初曾孫(=嫡曾孫)を生んだことを大変喜ばれている。
 また、母方の従妹の一人は、結婚を相手方の一族に大反対されていたのを、「嫡男」を産んだことで一転して許されたどころか、一躍身内の集まる場においても歓迎されるようになった。
 また、本作を制作した時点(平成二一(2009)年七月)で、H家では薩摩守と同じ世代の男子が一人しか結婚しておらず、その一人(=前述の次期当主である従兄)に子供が生まれる気配がなかったために、薩摩守を含む結婚していない他の従兄弟達にも風当たりが強かった(平成二六(2014)年にようやく従兄の一人が男児を為して、風当たりは弱まった)。

 これ以上は一族のプライバシーに過剰に触れ過ぎることになるし、読んでいる方々にも全く関係のない話なので終わりにするが、上記のような一族模様の中で、薩摩守は四男と云う気楽な立場にあった父を羨ましく思ったことがあった。
 かつて東京都内で独り暮らしをしていた時に大阪への帰還を懇願する両親の心中には家を継ぐ問題もあった訳だが、薩摩守は自分が「次男か三男に生れていて、長男である兄貴が妻子を持って家を継いでいてくれれば気楽だったのに…。」と叶わぬ願望を抱いたこともあり、無意識の内に、長男は辛いよ……。」と心の内で呟くことがあった。

 まあ、人間という生き物は「ない物ねだり」する生き物で、妹や従姉弟達に云わせると、「最初に生まれた者の特権」というものが羨ましいらしい。
 確かに従兄弟の家に遊びに行っても、「最初の子」「それ以降の子」では幼少の頃の写真の数が全然違うし、新しい物を買って貰うより、「お下がり」を強要されることも少なくない。

 そんなこんなな気持ちを抱えながら生きる事4?年、薩摩守はいつしか、戦国武将の中でも長子に生まれた者に妙な同情を抱くようになっていた。
 親兄弟さえ油断ならず、身内同士で殺し合うことも珍しくなかった時代、嫡男に生まれれば後を継ぐことを期待されながら、期待される故に「期待を裏切った!」と見做されれば、「廃嫡」という名の烙印を押されることさえある。
 また本人に落ち度がなくても、次弟以降の弟達やその取り巻きや岳父一族に野心家がいたり、本家相続を目論む庶流や分家の者がいたりした場合には命を狙われる危険性は弟よりも高い。
 それでいて嫡男としての務めをそつなくこなしても、「継ぐことが予め決まっていて、その予定の為に養育されて来た。」という認識でもって見られるので、「出来て当たり前」としか見てもらえないのである。
 それに比べると薩摩守の未婚問題など些細な問題なのだが(少なくともこの問題の為に薩摩守の命が危険に曝されるようなことはない)、長男に生まれた故に、「家を継ぐべき立場」という時に重い十字架を背負って生まれてきた嫡男達に同情的な目で歴史に目を通すのだった。

 そしてそういう目で歴史上の「嫡男」を見ると………いるわ、いるわ、「嫡男」に生まれた故に要らざる労苦を背負った数々の人物が……。
 勿論同時に背負った「特権」も少なくはないのだが、やはり「労苦」の方が目立ってしまう。
 そこで本作では嫡男達が背負った苦労とそこにめる時代の背景に注目したい。
第壱章  藤原伊周…謎多き自滅行為 嫡流VSやり手の叔父貴供
第弐章  源頼家……禍の素は家系に在りか?教育に在りか?
第参章  斎藤義龍…父と義弟が濃過ぎた故に
第肆章  武田義信…仁義に固執し過ぎた嫡男
第伍章  徳川信康…跡取り比較で謀殺?謎の多い嫡男切腹令
第陸章  織田信忠…他家の子との比較と横死が招いた軽視
第漆章  真田信之…父と兄と子と孫の為に生きた九三年
第捌章  伊達政宗…余りに深い愛と余りに陰湿な血縁闘争
第玖章  徳川家光…「生まれながらの将軍」は不幸か?生母と乳母との狭間で
第拾章  徳川家重…跡取りでなければ悠々自適だった?
最終章  嫡男は何故つらい?


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令和三(2021話)年五月二一日 最終更新