怪僧大集合

まず、苦情が寄せられる前に誤解を招かないようお断りしておきたい。
 薩摩守は真言宗を信仰する仏教徒である。
 僧籍に無く、酒色と肉食が大好きな生臭野郎ではあるが、真言宗は勿論、他宗派でも「明らかに怪しい宗派である」との確たる根拠がない限りは「篤く三宝(仏・法・僧)を敬う」(聖徳太子十七条憲法第二条)を重んじており、史上のお坊様達にも敬意こそ抱けど悪意はない。
 そんな薩摩守が『怪僧』をテーマとしているのは特定の僧侶を貶めたいからではなく、逆に時の権力の都合で不当に『怪僧にされた』という方々を敢えて『怪僧』として採り上げ、検証することで、時の権力という物が如何に自己都合で個人にレッテルを貼る物であるかを、常識も常識となる前には如何に奇異の目で見られるかを、著してみたいと考えての事である。
 同時に、(事の真偽は別として)時の権力との癒着振りから当時の人々が『怪僧』と噂した人物も含んでいる。権力に刃向った故の『怪僧』も在れば、権力に迎合したり、寵愛されたことを妬まれたりした上での『怪僧』もあるということである。

 そういう選択の元、正確には「怪僧と呼ばれた人達」を採り上げており、むしろ薩摩守が「本当に怪僧」と考えている人物(様々な意味で怖いから名前は出さないが……)は採り上げていないことをここに明記しておきたい。

 古来、宗教と政治は奇妙な関係にあった。「祭政一致」という言葉がある一方で、「政教分離」という言葉もある。
 古代では自然災害の様に人間の力ではどうにもならないものは「神の御意志」としてそれを宥める為に祭り、崇め、時には生贄すら差し出した。
 中世になると東洋では皇帝を「天子」とし、西洋では「王権神授説」で絶対王政という独裁を正当化したように、神の威光を笠に着る方法が採られた。そしてそれゆえに時の権力にそぐわない異教や他宗派を「邪宗」・「異端派」と罵って弾圧もした。

 何てことはない………権力者にとって、自らを権威づけてくれる宗教は厚遇し、それに反するものは弾圧するだけなのだ。
 逆を云えば、初め弾圧していても「権威付けに役立つ」・「大義名分を掲げられる」となれば掌を返したように厚遇したりもする。古代ローマ帝国が初めはキリスト教を迫害(その方法は耳目を覆いたくなるものもある)していたのが、後にはキリスト教以外の宗教を禁じたことはその好例と云えよう。

 そしてこれは日本の仏教でも同様である。宣化天皇三(538)年に百済の聖明王から仏像と経典を贈られたのが日本に仏教が伝来した時とされている(私的な信仰はそれ以前から渡来人及びその周辺にあったと見られている)が、この直後から蘇我氏と物部氏による崇仏・廃仏論争が起きた。
 この対立は渡来人と仲が良くて異文化吸収で力を持った大臣(おおおみ)・蘇我氏が崇仏派となり、八百万の神を祭る立場にあった大連(おおむらじ)・物部氏が廃仏派になっていたことに起因する。早い話、宗教を利用した政治的な対立である

 それゆえ、この争いが最終的に蘇我馬子の勝利に終わったにもかかわらず、仏教と民衆が乖離した。蘇我氏の政治主導で厚遇された仏教が官学化したためである。何せ奈良時代にもなると僧侶はすべて国家の公認を受けたもの、つまりは「公務員」で、公認を受けていない僧侶は「私度僧」と呼ばれた。
 そんな時代の流れの中、日本史は平安時代初期、鎌倉時代にそれまでの官学仏教から民衆のための仏教を生まんとして宗派が広がり、室町時代・戦国時代という血腥い時代にも仏教を信仰する武将が続出する一方で、一向一揆という勢力が多くの武将と血みどろの戦いを繰り広げもした。
 そこにキリスト教の伝来もあって日本宗教界は混迷を極めたが、天下を取った徳川幕府がキリスト教を弾圧し、すべての民衆に対して何処かの寺の檀家となることを義務付けたため、現在に近い仏教が定着した。

 しかし、時代の変遷はまたも政治と仏教を対立させた。それが明治維新後の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)である。大政奉還により七〇〇年振りに政権を取り戻した朝廷が天皇を現人神とする国家神道を重んじた結果、仏教が大弾圧を受けるという極端から極端に走る事例が起きたのである。

 そして昭和二〇(1945)年の終戦を経て、大日本帝国が日本国になると、天皇陛下が現人神ではなくなり、日本国憲法信教の自由政教分離が明記され、表向き政治と宗教の対立は無くなった。
 もっとも、特定宗教を背後に置いた政党の存在(←法的には問題はない)、宗教を隠れ蓑とした悪徳企業やテロリストが存在することから宗教を巡る問題は今も存在し、これからも出てくる可能性は充分にあるのだが、いずれにしても宗教だからこそ、人間は自己に都合の悪いものに『怪僧』『邪宗』『異端派』の影を見ることを認識して本作を閲覧頂ければ幸いである。
第壱頁 行基………人心を惑わす『私度僧』
第弐頁 道鏡……日本版・嫪毐?万世一系初の危機到来
第参頁 俊寛……ただ一人許されなかった帰還
第肆頁 法然……旧宗派からの非難
第伍頁 親鸞……不鮮明ならざる長寿人生と弾圧
第陸頁 日蓮……辻説法で他宗派に喧嘩売りまくり!
第漆頁 一休……権威権力への抵抗はアニメよりも凄かった
第捌頁 顕如……戦国武将達も恐れた一向宗勢力の親玉
第玖頁 天海……長命ゆえの怪人扱い
第拾頁 崇伝……『黒衣の宰相』は腹も黒かったか?
第拾壱頁 沢庵……紫衣事件はどこまで脅威だったのか?
第拾弐頁 隆光……「『生類憐みの令』生みの親』は濡れ衣?
最終頁 『怪僧』にされる時


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令和三(2021)年五月二五日 最終更新